あなたの愛はどんな形?「究極の愛」が最高にキモチいい理由。

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6月某日、ANGIE編集長から呼び出された私は、オフィスがある外苑前まで行くことになりました。 8か月の息子を誰かに預けるわけにもいかず、同伴の許可を得て、いざ都心へ。赤ちゃんと電車に乗るのは慣れていたものの、都心となるとラッシュ時間をさけても電車は混んでいるかもしれない……。少しの不安を持ちつつも、気持ちいいお天気に後押しされて、家を出たのです。   究極の愛を感じた日 思ったとおり、井の頭線は座れないほど混んでいました。でも、仕方なくドアの近くで息子をおんぶしながら立っていると、おじさんが「座りませんか?」と席を譲ってくれたのです。 それは1回だけではありませんでした。渋谷で乗り換え銀座線に乗ると、またもやサラリーマンで電車は混みあっている。しかし私が電車に乗り込むと、3人組の大学生の男の子たちが席を一斉に立ち上がり「どうぞ!」と譲ってくれました。 帰りの電車の中では、となりに座っていたおばあさんがぐずり出した息子を見て、あやそうと話しかけてくれる。   声をかけてくれた人だけではありません。電車が少しくらい混んでいても、優先席には座らずに席を残しておいてくれている多くの人の気遣いがあるおかげで、本当に席を必要としている人が座ることができる。彼らにとって私は赤の他人であるはずなのに、こんなにも親切にしてくれる。日本も捨てたものじゃないと感動してしまいました。   与えた愛は、自分に跳ね返る 彼氏に優しくしたり、何かをプレゼントしても、内心は「これだけしたんだから、私にも○○してほしい」というような見返りを求める気持ちってありますよね。 会社員時代、営業先のお客様に親切にしていたのも、大型の注文がほしいなど欲求があったからしていたといえば嘘ではありません。 でも、それって結局、自分の欲を満たすための愛なんですよね。見た目は愛かもしれないけど、冷たくて、我欲のかたまりで、ちっともキモチよくない。   でも究極の愛は、見返りを求めません。 席を譲ってくれた人たちは、そのお礼にと私が千円札を差し出すことなんて期待していないだろうし、赤ちゃんがいるのを見ればナンパの対象でないことも一目瞭然です。でも、彼らは何の見返りも求めず親切にしてくれました。   究極の愛が最高にキモチいい理由。 それは、受け取った人だけではなく与えた人にも愛が跳ね返ってくるということ。あなたが差し出した愛は、そのままの形で自分に跳ね返ってくる。「うわぁ、キモチちいい」って体中がジーンとしちゃうはず。 それなら、見せかけだけの愛を振りまくより、究極の愛を差し出したほうが、しあわせになれると思いませんか。あなたも、わたしも。   Photo by Pinterest 【関連記事】じつは簡単だった!意中の男性から「ソッコーで」口説かれる方法泣く子も黙る「リッツ・カールトン」のホスピタリティの真髄 ものすごく幸せになる「もっとも簡単な」方法 与え与えられることで何倍も美しくなるんです!日常に不満がある女性にこそ始めて欲しい「ボランティアのススメ」

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