未来を変える「あの会社」 【vol.2】日本の「宅急便」をアジアの物流のスタンダードに

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アジアの物流界では、 欧米の後発に甘んじていたヤマト運輸 ヤマト運輸は2010年のシンガポール、上海進出を皮切りに、現在では、香港やマレーシアに拠点をかまえ、アジアへの本格進出を果たしました。そして現在、さらなる拡大をもくろんでいます。 そのターニングポイントになったのが、2011年に発表した「DAN-TOTSU経営計画2019」でした。2019年には、国内宅配便シェアを現在の約42%から50%超に伸ばし、「アジアNO.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」になるというビジョンです。2010年からのアジアへの本格進出への着手を決定、実行したのは、まさにこの「DAN-TOTSU経営計画2019」策定の真っ最中でした。ただ、これは欧米の運輸インテグレーターの多くがすでにアジア進出に成功し、確固たる地位を築いているのと比較すると、かなり後発での進出でした。 これまで私たちがアジアへ積極展開していかなかったのは、主力事業である「宅急便」が、これまでの運送、配送サービスとは一線を画すまったくの新しい概念でのサービスであったことに起因しています。宅急便は1976年、当時のヤマト運輸の社長、小倉昌男の発案により誕生したサービスです。「電話1本で集荷、1個でも集荷、翌日配達、運賃は安くて明瞭、荷造りが簡単」という、個人向けの荷物集荷サービスが存在しなかった当時としては画期的なサービスでした。 当時、大きな荷物を発送することになると、郵便局や駅にわざわざ持ち込まなければならなかったわけですから、送り主から届け先へDoor to Doorで配達するというサービスは、まさに前代未聞でした。そして、現在に至るまで宅急便は、クール宅急便やゴルフ宅急便、スキー宅急便など多種多様なサービスを展開していますが、その基盤にあるのが、情報システム(Information Technology)、荷物管理のロジスティクスのテクノロジー(Logistic Technology)、決裁のファイナンス(Financial Technology)からなる「IT、LT、FT」です。 莫大な投資リスクを乗り越えた 「アジアの物流を変える」という使命感 宅急便は一見、セールスドライバーがひとつひとつの荷物を一軒ずつトラックで手渡し配送するアナログなサービスに見えるかもしれませんが、「IT、LT、FT」という当社の歴史が育んだ独自かつ高度なテクノロジーに支えられたインフラサービスです。こんなサービスは世界のどこを見渡しても存在しません。しかし、これまでアジア進出に二の足を踏んでいたのは、まさにそのオンリーワン性が原因でした。 というのも、日本国内で数十年にわたって築き上げた高度なインフラゆえに、アジア各国で一から構築していくのは非常に難度が高い。また、ある種、社会的なインフラの整備事業になるため、中途半端に進出して失敗したから撤退、ということは決して許されません。そんなことをしてしまったら、その国の方々に甚大なる迷惑をかけてしまいます。 それに、宅急便をサービスとして成立させるためには、営業・集荷拠点を数多く立ち上げ、広域かつ膨大なネットワークを構築する必要があり、莫大な先行投資が必要になるのです。だからこそ、アジア進出は、大きなリスクを乗り越える確固たる覚悟がなければ、着手してはいけない事業展開の選択肢だったのです。 そのため、アジア進出を検討し始めた当初は、社内では「時期尚早だ」という反対意見もありました。それもそのはず、ヤマト運輸はもともと、日本国内で発展してきた企業です。「海外出張を指示された社員が、パスポートすら持っていなかった」という冗談のような実話があるほどです。 それでも私たちがアジア本格進出に踏み切ったのは、「グローバル化時代において、日本でしか展開しない物流サービスでは、世の中のニーズを汲み取れない。宅配便というサービスネットワークをアジア全域に広げ、グローバル化時代に企業や人々が抱える多様な物流ニーズに応えていこう」という使命にも近い思いがあったからです。それが、「DAN-TOTSU経営計画2019」において掲げた「アジアNO.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」というビジョンです。 アジアの物流を海と国境を越えて、ボーダレスにつなぐ役割が私たちにはある。しかも、これまでアジアに広がっていた欧米型の物流モデルではなく、日本発のアジアならではの物流モデルで。宅急便を通して、アジアの物流のスタンダードを変えていこうという揺るぎない決心が、私たちを世界へと駆り立てたのです。

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