アタシが選ぶ本と週末(11)「わが日常茶飯」 著:中原蒼二

鎌倉で美容師をしていたときに、粋なお客さんから「小町通りの裏にできた、ヒグラシ文庫って知ってる?」と訊かれた。店名からすると新しい古書店かなにかと思ったら、立ち飲み屋だった。教えてもらった場所まで行ってみると、店先の階段にはこう書かれている。「店はせまい、でも遠くへつながっている」。

店内はいつもいいオトナたちで賑わっている。ガラガラ、と戸を開けてから諦めた日も多い。ここはぼくにとってオトナの階段を一段登らせてくれた大切なお店でもある。いいオトナたちの会話と、いいオトナたちが食べるつまみがたくさんあるからだ。「わが日常茶飯」は店主の中原蒼二さんが書いた馳走帳。ヒグラシ文庫のレモンサワー、リンゴ入りのポテトサラダ、高野豆腐煮しめ、メバル蒸し……。いつからかこういうものの方が好きな食べ物になっていった。お酒を嗜むようになってから早14年。飲ん兵衛たちのご馳走レシピがこの本には詰まっている。

ヒグラシ文庫はただの立ち飲み屋ではなく、古本も内蔵された不思議な空間。この本もただのレシピ本ではなくて、中原さんのエッセイによってメニューが紹介されていく。料理は材料と調味料、分量を知ればできるかもしれない。だが、その料理を作る人の自己中心性、主観が入ることでだれにも真似できない料理になる。この本は紛れもなく中原蒼二さんのレシピ本であり、ヒグラシ文庫で提供しているスターティングメンバーたちなのだ。

こんなに美味しいつまみを自分でも作れたらなんて素敵なことだろう、と思う。夕暮れ時、この本を片手に市場に行きたい。人差し指を口にあてて、一丁前に野菜の品定めをしてみたい。キンキンに冷えたビールとつまみ、2杯目はレモンサワーで。

そうか、この本はほろ酔いで読むのがいいんだなあ。

文と写真:ミネシンゴ ポテトサラダとレモンサワーの写真:有高唯之

わが日常茶飯 立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」店主の馳走帳

著:中原蒼二
写真:有高唯之
出版:星羊社

夫婦出版社『アタシ社』と申します。神奈川県・三浦市唯一の出版社であり、夫婦ふたりで本をつくっているのが特徴です。夫が編集者、妻がデザイナーという最小単位の布陣でせっせと本をつくっています。夫婦それぞれ編集長として雑誌も創刊しています。 言葉というのは不思議なもので、たった一節で人の人生を変える力を持っています。ですから、できる限り人の人生を、良い方に転がしていけるような本をつくれる生き方をしたいと思うのです。なんて、真面目な話はそこそこにして、ゆっくり本を眺めていってください。

このコラムについて

アタシが選ぶ本と週末〜三崎のちいさな出版社から〜

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