心地いい「常連」の距離感|「ただいま」をいえる街 第2話「美濃屋」編

この間のお休みの日に足を伸ばして以来、清澄白河から森下方面へと向かうのがわたしのお気に入りのお散歩コースになった。清澄通りから伸びる路地に入ってみると、途端にそこに暮らす人々の暮らしの気配が濃くなる。ほっと心あたたまるような古くからの街並みを探して歩くのが、今や、すっかり週末の楽しみのひとつだ。

今日の目的地は、先週末のお散歩で見掛けたお豆腐屋さん。なんとなく心惹かれた路地にちょっと入ってみたり、すぐに引き返したり、気ままにふらふら寄り道しながら進む。小名木川を越えてしばらくすると現れる大きな交差点を右に曲がると、レトロな雰囲気の商店街に差しかかった。

商店街のいたるところに、昭和の名キャラクター「のらくろ」が描かれたのぼりや看板がある。ここ江東区は、のらくろを生み出した漫画家・田河水泡が少年時代を過ごした場所であるらしい。その名も「高橋のらくろード(高橋商店街)」では、味のある佇まいの焼鳥屋さんや昔懐かしいゲームが置かれたおもちゃ屋さんなどのほか、これからの季節に立ち寄りたいソフトクリーム屋さんも発見。また今度、じっくり散策してみよう。

清澄通りに戻り、しばしまっすぐ進んだら左手の路地に入る。神社を通り過ぎ、住宅街の奥へ、奥へ。少し先に、何人かの人が並んでいた。

「とうふ あぶら揚」と描かれた看板にはなんとも言えない風格がある。「美濃屋」を覗いてみると、バンダナにマスクをした男性と若い女性が2人でお店を切り盛りしていた。やりとりに耳を澄ませていると、お父さんと娘さんのようだ。

列に並んでいるのは、子ども連れのお母さんやスーツ姿の男性。地図でざっと見た限り、このあたりにはスーパーがない。100年以上の歴史を持つという美濃屋のお豆腐は、森下周辺に暮らす人たちの大事な家庭の味なのかな、なんてことを考える。

一番後ろに並びながら、先客たちが何を買っていくのか観察。先頭のお母さんは自転車を押したまま、お店の娘さんと言葉を交わしている。常連さんとの、お互いに気心知れた様子が微笑ましい。お母さんは笑顔で厚揚げを受け取り、自転車にまたがって颯爽と帰っていった。

スーツ姿の男性が買っているのは寄せ豆腐。次はわたしの番だ。ドキドキしながらケースの中の豆腐たちを眺める。「かわり寄せ豆腐」の文字の横には「よもぎ・やまいも」……どんな味なのか、すごく気になる。

ケースを凝視しているわたしに「春には桜の寄せ豆腐もあるんですよ」と声を掛けてくれる娘さん。そのひと言で、慣れないお豆腐屋さんへの緊張が不思議とほぐれた。

寄せ豆腐は次回に買うことにして、今日のところは初志貫徹。絹豆腐を一丁、お願いします。

「すみません、絹は売りきれちゃって……」

残念だけど、売り切れてしまうくらい人気のお豆腐なんだ、と味への期待が高まる。ならば、と木綿豆腐を注文。目の前で切り分けてくれた一丁はスーパーで見るものより大きめ。半丁にもできるとのことで、一度にあまりたくさん食べられないひとり暮らしの人にも優しいシステム。

わたしで一旦、列が途切れたみたい。忙しい時間帯だと思うけど話し掛けてもいいかな。ほかに、おすすめのお豆腐ってありますか?

「そうですね、豆乳ってお好きですか? カップでも売っていますし、容器を持ってきていただければそれに入れられます。つくりたての朝にはあたたかくてさらっとしているんですが、夕方には冷えてとろっとした口当たりになるんですよ

豆乳、大好きです。今度は朝にきますね! と、弾む会話が心地いい。すぐ近所にオープンしたばかりだという自然食品のお店を教えてもらったので、帰る前に寄っていくことにしよう。

一軒家の玄関に立て掛けられた看板には「自然食品店コハル」と書いてある。大きな窓の前に置かれたベンチが醸し出すウェルカムなムード。お邪魔します、という気分で玄関をくぐる。

まず目に入ったのは、たくさんの野菜や果物。無農薬のものが中心で、値段は意外とリーズナブルだ。自然食って、もっと高いものっていうイメージがあったけど。150円の晩柑を手に取った。

商品が並べられている部屋には、おそらくリビングだった頃の面影が。お菓子を置いてあるのはピアノの上だし、レジの向こう側には普通のおうちのキッチンが見える。近所のおうちに招かれているような気持ちになった。

ふいに、電話の着信音が耳に入る。鳴ったのは、お店の人のスマートフォン。「キャベツ? うん、まだあるよ」という話し声が聞こえた。どうやら、キャベツを買いたいという常連さんからの連絡みたい。このフランクな距離感、うらやましいかも。

右手には木綿豆腐、左手には晩柑とハーブティ。ビニール袋をぶら下げて夕暮れの住宅街を歩くわたしは、どこからどう見ても地元の住人。自分はここの「常連」だと思える場所を増やしていくことは、心から安らげる「帰れる場所」を増やしていくことなのかもしれない。

どこからか漂うのは、夕飯のお味噌汁のかおり。今晩の豆腐のお味噌汁は、きっとどこか懐かしい味がするんだろうな。

取材:ツチヤトモイ 編集:菊地飛鳥 企画構成:haletto編集部

写真:川瀬一絵
島根県出雲市出身。忘れっぽいことへの焦燥感から写真を撮り始め、些細な体感を収集するように撮影を続けている。
近所や訪れた先々で適当に散歩して道に迷うのが趣味。

美濃屋

東京都江東区新大橋3-5-4
TEL:03-3631-4646
営業時間:9:00-19:00
定休日:日

自然食品店コハル

東京都江東区新大橋3-4-2
TEL:070-1478-8001
営業時間:
火-金 10:30-19:00
土 12:00-18:00
定休日:日・月・祝
https://www.facebook.com/coharuorganic/

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この特集について

「ただいま」をいえる街 ― 2018年6月号

都内での生活に憧れ、上京してもうすぐ2年。隅田川が近くにあるからという理由で暮らしはじめた清澄白河は、洗練された雰囲気と下町っぽさが混在していて気に入っている。 最近、清澄白河駅から歩いて10分ほどの森下駅周辺に足を伸ばすようになっ...

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