ひとりでいてもひとりじゃない|「ただいま」をいえる街 第1話「喫茶ランドリー」編

朝早くに目が覚めた。今日は久しぶりに予定のない休日。カーテンを開けると、初夏の青空が広がっていた。

ここのところの雨続きで溜まっていた洗濯物を一気に洗ってベランダに干す。風にたなびくシーツを眺めながら、せっかく早起きできたのだからどこかにでかけたいな……と、スマートフォンを手に取った。

読みたいと思っていた本が届いたから、それを持ってカフェにでも行こう。暮らしはじめて2年になる清澄白河には、おしゃれなカフェがたくさんある。足を運んだことのあるカフェもいくつかあるのだけど、今日は行ったことのないお店に行ってみたい。

SNSなどで見て興味を持ったスポットは、メモアプリに書き留めるようにしている。つらつらと箇条書きされた店名を上から眺めていると、ある文字列に目が留まった。

「喫茶ランドリー」。確か、コインランドリーとカフェが一緒になっているんだっけ。近所にオープンした話題のお店だからって、何気なくメモした記憶がある。

近所と言っても、最寄駅は清澄白河のお隣の森下みたい。家からのんびり歩いても30分くらいで着きそうだし、普段はあまり行かない街の北側に足を伸ばしてみるのもいいかも。

そうと決めたらすぐでかけよう。持ち物は、文庫本1冊とお財布、ハンカチ、スマートフォンが入る小さなバッグひとつ。お散歩は身軽に限る。

梅雨の合間のカラッと晴れた空の下、上機嫌で歩きはじめる。隅田川の支流である小名木川にかかる橋を渡って、清澄通りを北上。交通量もそこそこ多い清澄通りから一本路地を入ると、そこは閑静な住宅街だった。

清澄白河の周辺より、下町っぽい雰囲気が少し濃い。古くからの一軒家と真新しいマンションが共存する街並みの中に、ガラス張りの開放的な建物が現れた。

入り口から店内の様子が見渡せる。わぁ、本当に奥にランドリースペースがある。6台設置された銀色に光る洗濯機は、コインランドリーを使ったことのないわたしにとっては見慣れないもので、なんだかワクワクしてしまう。立て看板に書かれたメニューもどれもおいしそう。

お店に足を踏み入れた瞬間、涼しい風が通り抜けていった。入り口は開け放されていて、屋根はあるけどオープンテラスみたい。外との境界が曖昧で、街とひと続きになっている空間ってかんじだ。

入ってすぐ左手にある半地下の席が気になる。そんなわたしの心を読んだかのように「モグラ席って呼んでるんですよ」と店員さん。なんてかわいいネーミング!

案内されたモグラ席の、手前の2人席に座った。けっこう気温が高い中、歩いてきたので喉がカラカラ。アイスコーヒーと、立て看板で見て気になったツナメルトトーストを注文した。

メニューがくるのを待ちながら窓の外を眺める。モグラ席に座ると、目線は道路の少し上くらい。いつもと違った高さから街を眺めるのは新鮮な気分。

そうこうしているうちに、ひんやり冷えたアイスコーヒーと、とろりと溶けたチーズに覆われた丸いトーストが運ばれてきた。酸味の少ないあっさりしたアイスコーヒーで喉を潤してから、トーストを大きめに切ってぱくり。ツナとチーズの黄金タッグにピクルスのアクセントが効いている。ちょっとピリ辛で後を引く味だな。小さい頃、お母さんがつくってくれたイングリッシュマフィンのサンドイッチを思い出した。今度、帰省したらつくってもらおうっと。

あっという間に完食。さて、ちょっと洗濯機を見にいってみようかな。モグラ席から地上へ上がると、そこかしこから気持ちのいい笑い声が聞こえてくる。お店全体に流れるリラックスした地元感、いいなぁ。

洗濯機が並ぶスペースは家事室と呼ばれているよう。大きな作業台にはミシンとアイロンも置いてある。これは無料で使えるんですか?近くにいた店員さんに尋ねてみる。

「ここに置いてあるものは、お洗濯される方であればすべて無料でお使いいただけます。ミシンやアイロンだけ利用したいという場合も、低料金でお使いいただけますよ。スタッフはほとんどママさんなので、使い方が分からなければ気軽に声を掛けてくださいね」

家事が得意なママさんたちにミシンを教えてもらえるのはかなりうれしい。柄が気に入って買ったものの、使い道がないままの布を持ってきてトートバッグづくりにチャレンジするのもいいかも。

「先日、あまりミシンを使ったことがないという20代のお客さんが大きい布を持ってきて、キャンプ用のターフを何日か通って縫い上げていましたよ。わたしたちもずっと見守っていたので、無事に完成できてよかったねぇってみんなで喜んだんです」

家だとついつい億劫になってしまうから、とアイロンがけをここで済ませるお客さんも多いのだとか。分かる、その気持ち。わたしもアイロンをかけるのが苦手で……と話すと、店員さんがコロコロと笑いながら「実はわたしもそうですよー」と教えてくれた。

席に戻る途中、小さな男の子と女の子が横を通り抜けていく。男の子はスタッフのお子さんで、女の子はそのお友だちらしい。

「ねぇねぇ、きのう運動会だったの!リレーの選手に選ばれて、わたし1番だったんだよ」

そう教えてくれた女の子の誇らしげな表情に思わず顔がほころぶ。男の子も「これあげる!」と、動物のおもちゃをわたしのテーブルに置いてくれた。

読書をしようとやってきたけれど、店員さんと楽しくおしゃべりして、無邪気な子どもたちと触れ合って、心が安らいでいくのを感じていた。ひとりでふらりとやってきても、こうしてあたたかく迎えてくれる場所があったら、日々の暮らしが今よりちょっと豊かになる気がする。

「じゃーねー!またねー!」

小さなからだをいっぱいに使ったお見送りに「またくるよー!」と大きく手を振った。

取材:太田みき 編集:菊地飛鳥 企画構成:haletto編集部

写真:川瀬一絵
島根県出雲市出身。忘れっぽいことへの焦燥感から写真を撮り始め、些細な体感を収集するように撮影を続けている。
近所や訪れた先々で適当に散歩して道に迷うのが趣味。
http://yukaistudio.com/?cat=22

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2018-06-29 12:00

喫茶ランドリー

東京都墨田区千歳2-6-9 イマケンビル1F
営業時間:10:00-20:00
定休日:不定休
Webサイト:
http://kissalaundry.com/

神奈川生まれ、神奈川育ち。料理や、おうち時間を楽しむための道具など「暮らし」にまつわることが大好き。趣味はスノーボード。冬は半年あると思っています。

この特集について

「ただいま」をいえる街 ― 2018年6月号

都内での生活に憧れ、上京してもうすぐ2年。隅田川が近くにあるからという理由で暮らしはじめた清澄白河は、洗練された雰囲気と下町っぽさが混在していて気に入っている。 最近、清澄白河駅から歩いて10分ほどの森下駅周辺に足を伸ばすようになった。森下を歩いていると、故郷の街を思い出す。学校から帰ると、近所の商店のお姉さんが「おかえりなさい」って声を掛けてくれた。家族以外からの「おかえりなさい」がくすぐったくって、小さな声で「ただいま」って返したっけ。 大人になったわたしは、今、暮らしている街であいさつを交わす。おはよう。こんにちは。最近どう? またくるね。 東京の東側で見つけたのは、いつでも「おかえり」と迎えてくれる場所でした。