自分ブランドのビールを造りたい……女性醸造家の挑戦 ― 北千住のブルーパブ「さかづきBrewing」

かつて宿場町として栄えた北千住の街の活気は今も健在。駅周辺を賑わす商店街には「うまくて安い」個人店が軒を連ねます。この街に美味しいクラフトビールを味わえる店があると知り、さっそく足を運びました。

駅から東に伸びる学園通り商店街の路地裏にあるブルーパブ「さかづきBrewing」。店内に構える醸造所で造られた、出来立てビールを楽しめるのがブルーパブ(BREWPUB)の魅力です。

店内の客席から見える醸造所には、150リットルの大きな寸胴が5つ並んでいました。その中では、このお店を立ち上げた醸造家・金山尚子さんが造るクラフトビールがグラスに注がれる時を待ち、じっくりと熟成中。

金山さん:「ビールが好きというより、ビールを“造る”のが好き。会社員として“企業ブランドのビール”を造るのももちろん楽しかったのですが、技術が身につけばつくほど、“自分のビール”を造りたいと思うようになりました。会社でのビール造りも居心地がよかったのですが、自分ブランドのオリジナルを造るなら会社という居心地の良い環境から出なくては、と決心して脱サラしたんです」

大学生時代、居酒屋でのアルバイト経験からビール好きの道へ。農学や微生物学を専攻していたこともあり、卒業後はビールメーカーの大手であるアサヒビールに就職します。

ビール造りの基本はすべて9年間の会社員時代で学んだという金山さん。30歳の節目を機に「自分のビールを造りたい」と独立を決意したそうです。

金山さん:「自分のお店を持つために、場所選びは重要。東京の東から西へとあちこちの街を見て歩きました。その中で最もしっくりきたのが、ここ北千住だったんです」
大阪出身の金山さん。北千住の活気のある下町感や人の親しみやすさは地元と似たところがある、と話します。

夢だった“自分の店”に選んだのは築40年のシェアハウスだった物件。リフォームした店内には、大家さんからもらったという幸運を呼ぶウミガメのオブジェが堂々と飾られていました。

金山さん:「ビール業界では男性の醸造家が多く、新商品もガツンと強めの味が多い。私はもっと女性的な味を表現したいと思ってこのお店を立ち上げました」

週約2回、新作ビールの開栓があるという「さかづきBrewing」では、常時4〜9種類のビールを提供し、いずれも“自然”や“月”をイメージした美しいネーミングが付けられています。

金山さん:「お客さんからは“優しい味わい”とか“穏やかな風味”といった感想をもらいます。クラフトビール初心者の方や女性にもチャレンジしやすいようにと、ビールのメニューにはプロフィールやアルコール度数以外にも“苦味指数”を載せています」

造るビールのインスピレーションは、普段食べるお菓子や飲料などから得ているという金山さん。この日のメニューとして出ていた「青葉(540円)」「桜月夜(650円)」「夕焼け空(650円)」の3種類を試飲させてもらうことにしました。

左から「青葉(540円)」「桜月夜(650円)」「夕焼け空(650円)」

確かにいずれも苦味控えめでスッキリ飲みやすく、“優しい味わい”という表現にも納得です。中でも桜餅をイメージしたという「桜月夜」は桜の香りとほんのり塩味を感じるユニークな味わい。

程よい苦味とコクのレッドエールビール「夕焼け空」に、同行した編集長・三宅は「今日の気分はこれ!」とご満悦。他にも紅茶のダージリンを使ったハーブエールや、乳糖を使用したほんのり甘いスイートスタウトなど、メニューを見ているだけで好奇心を刺激されます。良心的な価格設定も手伝って、あれこれと興味を惹かれてしまいました。

2016年のオープンから約二年。クラウドファンディングによる宣伝効果や、常連さんの口コミもあって、平日の夜はもちろん、週末は昼から金山さんの造るビールを求めてたくさんのお客さんで席が埋まります。もはや「とりあえずビール!」と言える時代ではないんだなぁ、としみじみ感じました。

金山さん:「今後はワイン樽で熟成させた、とろみのあるビール造りにも挑戦してみたいですね」

「もちろん失敗も覚悟のうちです」と笑う金山さんは、以前、醸造段階で麦を焦がしてしまい、焦げ特有の香ばしさがビールにフレーバーとしてついてしまったという経験があるそうです。

「そのビールを半額として提供してみたら、予想外に好評で(笑)。それからは毎年、開業記念日の限定ビールとして出しているんです」

どんな味が人の心を掴むかわからない、だからこそ面白いんだと、失敗にも前向きな姿勢の金山さんの姿勢からは、尽きることのないビールへの愛情と好奇心を感じます。

金山さん:「ビールの醸造は実験的な要素がすごく強く、終わりがない。それでも私は一生ビール造りの研究をし続けたいです」

がむしゃらに基礎を築いてきた20代を過ぎ、30歳という節目の年に「自分の本当にやりたいことってなんだろう」とこれからを見つめ直す人も多いはず。ビール業界の多様な仕事の中でも「醸造」に情熱を注ぐ一人の女性醸造家から、ビールの魅力と共に、自分にしかできない表現を磨いたり、特定の分野に打ち込むことの素敵さを教えてもらった気がしました。

さかづきBrewing

東京都足立区千住旭町11-10
TEL:03-5284-9432
営業時間:16:00-22:00(L.O)(水~金曜日)
13:00-22:00(L.O)(土曜日)
13:00-21:00(L.O)(日曜日)
定休日:月・火曜日

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