【東京ではじめて、本の世界に触れた街・江戸川橋】 辻山良雄

神田川

こぐま社へは、近くの神田川沿いをよく歩いていった

大学入学のため、上京してから一年のあいだ、おこなったアルバイトはまったく長続きせず、どれもすぐに辞めてしまった。「これでは駄目だ。やはり好きなことを仕事にしたほうが良いだろう」と、「本」に関する仕事を探したところ、大学から歩いて通うことが出来る、児童書出版社の求人が見つかった。首尾よく面接も通り、江戸川橋にあった「こぐま社」でのアルバイトがはじまった。

出版社とはいえ、アルバイトが行う仕事自体は地味なものである。全国の書店から来た本の注文を、その書店と取引のある問屋ごとにまとめ、出荷することが毎日の主な仕事だった。仕事は毎朝九時半にはじまり、十二時になると近くのコンビニで弁当を買って食べる。日に何度か来るトラックに荷物を渡して、夕方まで作業を黙々と続けた。

いまも残っているかはわからないが、当時の作業場では、アルバイトがそれぞれCDを持ち寄り、ラジカセで好きな曲をかけながら仕事をするという習慣があった。アルバイトには音楽に詳しい人が集まっており(「ワールドミュージック」「プログレッシブ」などそれぞれ専門のジャンルがあった)、途中から仕事に行ったときなどは「ああ、いまはHさんの時間帯だな」と、流れている音楽でその担当がわかった。ライ・クーダやロバート・ジョンソンなど、いまに至る音楽の趣味は、殆どがこの時期に育まれたものだ。

こぐま社

作業場風景(写真提供:こぐま社)

編集部がある事務所は同じ建物の2階にあり、漫画家の馬場のぼる先生や、以前こぐま社の営業部長をしていたイラストレーターの沢野ひとしさんがよく遊びに来ていた。馬場先生の新刊が出たときには、アルバイトでも自分の名前が入ったサイン本が一冊ずつ手渡されて、いま思えば優しい会社だったなと思う。

途中空白の時期もあったが、結局こぐま社には大学を卒業するまで、四年ほど在籍した。卒業後はいまに至るまで、本屋として本を売る仕事を続けているが、印刷所や製本所が近くにあり、常に輪転機の音がする江戸川橋の街で、いつの間にか本の傍にいることが当たり前になったのだと思う。いまでもこぐま社の本が店に入荷してくると、それが出荷された先の街を思い浮かべ、少しのあいだなつかしい気持ちになる。

新刊書店「Title」店主。兵庫県神戸市生まれ。㈱リブロを退社後、2016年1月10日、荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店Titleをオープン。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。著書『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)が発売中。

このコラムについて

わたしのはじめての東京

「あの日の朝、夜行バスのカーテンからみた新宿の空を、あなたは覚えていますか」 大都会・東京。はじめての訪れた、感じた東京は、いつ、どこだっただろう。街角の深夜のコンビニで、あるいは銭湯の外のベンチで。一人しかいないコインランドリーで。東京に出てきたあの頃、一人暮らしをはじめたあの頃、わたしはなにを考えていただろう。 「あの時」を見つめた、十人十色のちょっとセンチメンタルな東京ストーリーをお届けします。