たいやき屋さんの夜ごはん|街は食卓。 第1話 「居酒屋たつみ本店」編

同僚に「お疲れさま」を告げてオフィスを出たのは20時過ぎ。いつもの京王線は、帰宅ラッシュの熱気が残ってどこか気怠げな雰囲気。わたしの全身は、心地よい疲労感と達成感に包まれている。

下高井戸駅に降りると涼しい風。賑やかな日大通りを歩きながら、張り詰めていた心がリセットされていく。住みはじめて2年が経つこの街は、すっかりわたしにとってのホームだった。

とたんにお腹が空いてきた。ここのところ忙しくて、夜はコンビニで買ったもので済ませたり、たまに自炊してもお手軽なものばかり。ずっと気がかりだったプロジェクトが一段落ついた今日だから、ちょっと自分を労いたい。

ほっとできる、おいしい「夜ごはん」が食べたいなぁ。

チェーンの丼物屋さんや定食屋さんも毎日の強い味方ではあるけど、今は違う気分。ふと、こういうときに駆け込めるお店を意外と知らないことに気付く。検索してみよう、と立ち止まってスマートフォンを取り出したところで、スーツ姿の女性がわたしの横を通り過ぎていった。

わたしより少し年上かな。肩までの髪をなびかせて颯爽と歩くその人は、コンクリ壁に黄色い看板が光る、独特の存在感のある居酒屋に慣れた様子で入っていった。

「居酒屋たつみ本店」。下高井戸では有名な老舗大衆居酒屋だということは知っている。確か、昼間はたいやき屋さんもやっていたはず。この街に越してきたばかりの頃、遊びにきてくれた友だちと一緒に買い食いしたっけ。

たいやきはおいしかったし、あんな風に女性がひとりで入っていけるお店なんだ。ドアの横に掛けられたメニューはギョーザやごぼうの唐揚げ、コロッケなど、派手さはないけど「間違いない!」ものばかり。思い切って、自動ドアのボタンを押した。

ガラリと開くドア。青いバンダナを巻いた店員さんに「はい、いらっしゃい」と声を掛けられた。続く「何名さま?」に重なってしまった、食い気味の「ひとりです」。はじめてのお店とは言え、肩に力が入りすぎだと反省。店員さんは気にも留めず、「はい、カウンターにどうぞ」とお店の中へ案内してくれる。

通されたカウンター席には、思い思いの時間を過ごすひとり客が並んで座っている。少し離れた席に、さっきのお姉さんも見つけた。隣の男性は、イヤホンをしながらビールをグビリ。歴史小説の文庫本片手に厚揚げをつまんでいるサラリーマンも。このかんじ、居心地いいなぁ、と思う。会話を交わすわけじゃないけど、自宅で黙々とごはんを食べるのとは違う。リラックスして自由に過ごしながら、ほのかに感じる連帯感。あなたもわたしもお疲れさまです! なんて気分で、まずはビールを注文。

さて、なにを食べよう。意気込んでメニューを開ける。目に飛び込んできたのは、ものすごい数のメニュー名。どれを頼んでいいのやら、目移りしてしまって決められない。ビールを持ってきてくれた店員さんに、慌てておすすめを尋ねる。

「あ、メニューの扉に『まずは』っていう30種類が載ってるんで。そこから頼んだらいいと思いますよ」

青いバンダナの店員さんは、ちょっと強面だけど話してみると優しそう。店内での様子を見ていると、あの人が店長さんなのかもしれない。おすすめの30選に視線を戻す。結局、やっぱり決めきれなくて、たっぷり悩んだ末に、壁の張り紙に書かれていた「メンチカツ」を注文した。

「お待たせしました、メンチカツです」

目の前に現れたのは15センチくらいありそうなメンチカツ。思わず「大きい」と呟いてしまう。こんなに大きなメンチカツを独占できるなんて幸せすぎる。好物を独占できるのって、ひとりごはんの醍醐味かも。

ソースをかけて箸で切ると、ザクッと衣からたまらない音が。ごろっとジューシーなお肉から滲み出る旨味! こんなの、ビールに合わないわけがない。

さぁ、二品目は何がいいかな。お店に入るときは緊張していたのに、今はワクワクしている自分に気付く。せっかくだから今日は、献立のバランスよりも食べたいものを優先しよう。そう思って、頼んだのは子どもの頃から大好物の「肉じゃが」。

ほどなくして運ばれてきた肉じゃがの具は、お肉とじゃがいものみ。ニンジンもタマネギも入っていないタイプは珍しいけど、実はこっちの方が好みだったりするのでラッキー。レンゲで掬うと、ほろりと崩れるじゃがいも。甘めの味付けは優しくて、どこか懐かしい。

さっぱりしたものが食べたくなって、次に注文したのは「マグロ山かけ」。角切りマグロを覆うトロロ、刻み海苔の上に醤油をチョロリ。ワサビも足して、絶妙なコンビネーションに舌鼓。ますますビールも進んでしまって、ほろ酔い気分で考えるのは「締め」のこと。

さっき隣の人が食べていたあんかけ焼きそばもおいしそうだったし、向かいの人が頼んでいた鶏ぞうすいもいいにおいだった。どうしようかなぁ……。

「お待たせしました、あんかけおにぎりです」

選んだのは、「あんかけおにぎり」。はじめて入ったお店で、はじめて出会ったメニューだからこれにしようと決めた。こんがりおこげの付いた焼きおにぎりを囲むように、キノコ、きくらげと具だくさん。

香ばしいおこげのパリパリ食感と、ダシの効いたあんかけ、あんかけが絡んでもっちりとしたごはん……胃も心もほっとする味わいは、頑張った日の締めくくりにぴったり! これを頼んで正解だったなぁと、あっという間に平らげてしまった。

「ごちそうさま」

いっぱいになったお腹を抱えつつ、まだまだ他のメニューが気になる。隣の席に運ばれてきた「たいやき姿揚げ」を見て、次は絶対あれを頼もう、と密かに決意。

街という、ホームでいただく「夜ごはん」。なんだか、この街をもっと好きになれそう。そんな気がした夜だった。

取材:ツチヤトモイ 編集:菊地飛鳥 企画構成:haletto編集部

<写真:川瀬一絵>
フォトグラファー / Photographer
1981年島根県出雲市生まれ。島根大学教育学部、東京綜合写真専門学校卒業。
Webサイト:http://yukaistudio.com/?cat=22

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居酒屋たつみ本店

東京都世田谷区赤堤5-31-1
TEL:03-3324-9175
営業時間:17:00-24:30(LO23:50)
定休日:無休
Webサイト:
http://www.shimotaka.or.jp/tatsumi/

新潟県生まれ。週末は2時間散歩しないと気が済まない。ドラマを見ながらロケ地を確信しては、ひとりで楽しい気持ちになっています。他にも電車や駅、飛行機や空港、地図や路線図、おいしいものが好きです。

この特集について

街は食卓。― 2018年5月特集

今日もお疲れさま、わたし。お腹をペコペコに空かせて、帰ってきたのは京王線の下高井戸駅。新宿から5駅、渋谷からもおよそ20分という便利さに惹かれ、暮らしはじめて2年が経つ。いい仕事ができた日、落ち込んでいる日、色んなわたしを知っているこの街は、大きなおおきな家みたい。 ホームに降り立つと、どこからかおいしそうなにおい。グゥとお腹が鳴った。今日はまっすぐ帰らずに、どこかに寄っていこうかな。いつもみたいに部屋でテレビを見ながら食べるのもいいけど、そればっかりじゃもったいない。 探しにいこう。賑やかな商店街に、ちょっとひっそりとした裏路地に。毎日の暮らしの中に、当たり前にある場所。この街のどこかにある「食卓」が、わたしの帰りを待っている。 写真:川瀬一絵 編集:菊地飛鳥 企画構成:haletto編集部