アタシが選ぶ本と週末(6)「おべんとうの時間」写真:阿部了 文:阿部直美
2018.05.29
三浦半島最南端、三崎にアタシ社をうつして半年が経った。三崎の商店街が賑わったGWも過ぎて、いつもの落ち着きを取り戻している。平日の昼間は人よりも猫の方が多く往来し、窓を開ければ風の音が聴こえるくらい静かな街。都心からもそう遠くない、この港町の魅力に惹かれて最近は観光客も増えてきているらしい。
そんな三崎に10年前住んでいたのが著者のいしいしんじだ。数々の名作小説も三崎から生まれ、今でも三崎を愛する作家のひとり。「いしいしんじのごはん日記」はタイトル通り、いしいしんじの毎日の短い記録。誰それと会ったとか、こんなことを感じたとか、作家とはこういう生活をしているのかと新鮮な気持ちで読み進められる。この日記にもたびたび登場する三崎にある魚屋「まるいち」には、今でもいしいしんじの表札がかかっている。実名だらけのこの本は、三崎の町歩きにはもってこいの一冊だし、読んでいくうちに無性に魚が食べたくなる。難しい調理をしていないからこそ、自分でも魚を買って料理したくもなる。短い日記の最後には、きまって今日の献立が書いてある。
晩ごはんは、かわはぎの煮付け、ほたてのバター焼き、コロッケにトマトサラダ、茄子の梅煮。
かます刺し、うるめ刺し。途中でおもいついて、うるめの蒲焼きをつくってみたらうまかった。トマトとピーマンサラダ、冷奴。
ああ、お腹がすいてきた。初めてこの本を読んだのは、海外出張帰りの飛行機の中だった。日本食が食べたい。というより出汁のあるものが食べたい。狭っ苦しい座席で、そう強く願っていたのを覚えている。と同時に、毎日の食生活のことを考えてみたり、三崎の町を練り歩く自分を想像したり、日記でも書いてみようかな、なんて思わせたりもしてくれる本だった。「自分のペースで生きていきたい」、なんて気の緩んだことを、たまには海の近くでゆっくり本を読みながら呟いてみてもバチは当たらないと思う。
文と写真:ミネシンゴ
いしいしんじのごはん日記
著:いしいしんじ
出版:新潮文庫
URL:https://amzn.to/2GFXpo9
このコラムについて
週末どんな本を読もう。何回も読んだあの本、まだ読んだことのないこの本、思い出の本、はじめての本、涙流した本。実に本との関係は人それぞれです。 では、1つ制約を決めるとすれば—— 「お出かけの時、どんな本を持って行きますか」 ...
おすすめ記事
これまでの特集について
好きな街はある。住みたい街はまだない。