【はじめて手に入れた「東京03」・永福町】 マキヒロチ

携帯が普及して、固定電話がもはや必需品ではなくなってしまった昨今。3年前に引っ越してきた現在の家には「いえでん」が無い。それでも生活に支障は無いし、たまに何か契約するときに固定電話の番号を教えてくださいとしつこく聞かれるとイラッとくるほど、無いことが普通になっている。でも、昔の私には、FAX を持ちたいという夢と「東京03」を手に入れたい、という夢があった。

私は東京生まれ、東京育ちの東京人。人生で一度も都外に引っ越したことがない。旅行が大好きで年中地方には行くし大好きな街は沢山あるけれど、東京にはなんでもあるし、東京をまるで人生ゲームの終点のように感じ、その先に行く場所なんて長い間想像したこともなかった(でも以前、福田里香さんとトークショーをやった時に「生まれ故郷から一度も出たことがないなんて」と言われ、なんだか恥ずかしい気持ちになった)。

そんな私でも、長らく東京人として持ち合わせてないものが一つだけあった。それは「東京03」という、東京に住んでいても23区に住んでいないと得られない電話番号の市外局番。吉祥寺に近い三鷹市の実家に住んでいた私は「0422」という長い局番を与えられていて、東京に住んでいてもなんだか東京人として認められていない気持ちで暮らしていた。

そんな私が19歳になり、漫画の賞を獲り、デビューすることになった。その際に賞金と共にいただいたのがFAX だった。当時編集さんにネーム(漫画の絵コンテのようなもの)を送るのは FAX が主流。なんだか一人前の漫画家になったようで、もの凄く嬉しかったのを覚えている。そして22歳で実家を出るときにそのFAX を連れて行った。

私が初めて一人暮らしをするようになったのは、京王井の頭線の永福町駅から徒歩3分のボロいアパート。永福町はお待ちかねの23区の杉並区で、下北沢のフレッシュネスでバイトをしていたので「近い」という理由で選んだ街だったけど、結局8年も住んだぐらい私には合っている街だった。一見何もなさそうな街だけど超絶美味しいピザ屋があったり、ジョギングに最適な神田川が近くにあったり、買い物に行きたい時は吉祥寺も渋谷も近かった。沢山の編集さんが私に会いに来てくれた思い出も懐かしいし、東日本大震災の発生時は駅前のドトールにいた。

そんな街のアパートにFAX を引き、とうとう「東京03」を手に入れたばかりの私は、実は恋人を失ったばかりだったし、仕事のチャンスも無駄にして人生のどん底だった。東京にいたって何者でもないただのフリーターだった。

ひたすらと言えるかわからないけどやりたいがまま漫画を描き、FAX に押し込んだ。今でもたまに永福町を通りかかると、どのカフェにもどの道にも一人で悶々と戦ってる自分の姿を見つけてはいたたまれなくなるし愛おしくなる。

あれから15年経ち、もう「東京03」もFAX も必要じゃなくなってしまったと共に、あの頃のような自分にも戻れないのだなと思う。いいか悪いかはわからないけれど。

漫画家。第46回小学館新人コミック大賞入選。ビッグコミックスピリッツにてデビュー。『いつかティファニーで朝食を』『 吉祥寺だけが住みたい街ですか?』など作品多数。

このコラムについて

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