文学者が愛した鎌倉、在りし日の情景をもとめて ― 由比ヶ浜「鎌倉文学館」

「鎌倉」と聞くと、どんなイメージが浮かぶでしょう。大仏、寺社、海……最近は、おしゃれなカフェが立ち並ぶエリアとしても知られていますね。実は鎌倉には、「文学の街」という顔もあるそうなんです。今回は、文学者たちが愛した街としての鎌倉の魅力を知ろうと、出かけました。

鎌倉駅から江ノ電に乗って2駅目の「由比ヶ浜」駅。夏には海水浴客でにぎわう人気スポットですが、今日は海を背にして進んでいきます。7分ほど歩くと、石畳の坂道があらわれました。その先にはトンネルがあり、抜けると青い屋根のレトロな洋館が見えてきます。昭和の時代にタイムスリップしてしまったかのようなこの場所が、「鎌倉文学館」です。

もとは前田候爵家の別荘として建てられたもので、再建や全面改築を経て、昭和11年に現在の洋館が完成。第二次世界大戦後には、佐藤栄作元首相が別荘として使用し、三島由紀夫の小説「春の雪」に登場する別荘のモデルになるなど、威厳と歴史が詰まった館です。その後、鎌倉市に寄贈され、昭和60年に鎌倉にゆかりのある文学者の資料を収集・展示する「鎌倉文学館」として開館。意匠を凝らした造りや広々とした庭からは、今も往時の面影を感じることができます。

由緒正しい建物に少し緊張しながら足を踏み入れると、館内には、川端康成や太宰治、芥川龍之介、夏目漱石、与謝野晶子、高浜虚子など、誰もがよく知る文豪たちの原稿や手紙などがずらりと展示されていました。
※展示内容は時期により異なります。

川端康成と夏目漱石

川端康成と夏目漱石(提供:鎌倉文学館)

与謝野晶子と高浜虚子

与謝野晶子と高浜虚子(提供:鎌倉文学館)

また、この日はバレンタインにちなんで「愛の言葉おみくじ」を体験することができました。私が引いたおみくじには、萩原朔太郎の愛の言葉が記されています。

“寝室の窓のガラスに 息かけて
君が名をかく 雪どけの朝”
荻原朔太郎(詩歌集「ソライロノハナ」より)

萩原が想いを寄せていた女性のためにつむいだといわれる歌です。歌が収録されている歌集の複製もあり、萩原自ら選んだと思われるピンクの用紙や筆致からは、彼の切ない恋心がひしひしと伝わってくるようです。

展示されている資料は、古くは「万葉集」や、鎌倉幕府三代将軍の源実朝が編んだ「金槐和歌集」から、鎌倉を舞台にしたライトノベルまで幅広いものです。今日まで、さまざまな文学者たちがときには鎌倉に移り住み、ときには作品に鎌倉を取り上げてきました。ゆかりのある文学者を数えると、なんと340人以上。これだけ多くの文学者がこの地に関わるのには、何か理由があるはず。学芸員・司書の榎本雅子さんにお話をうかがいました。

榎本さん:「一番の理由は、明治22年に横須賀線が開通し、東京と行き来しやすくなったことだと言われています。また、鎌倉に住んでいた文学者としては川端康成が有名ですが、彼は先に鎌倉に住んでいた作家・林房雄ら文学仲間に誘われて移住しました。このように作家同士の口コミもあったようです」

続々と鎌倉に集まった文学者たちは、やがて「鎌倉文士」とよばれるようになり、親交を深めていきました。

榎本さん:「一緒に運動会に参加したり、仮装パレードを町中で繰り広げる『鎌倉カーニバル』という祭りを開催したり。第二次世界対戦中には、苦しくなる暮らしを少しでも楽にしようと、自らの蔵書を持ち寄って貸本屋『鎌倉文庫』を立ち上げました。メンバーだった川端康成が店番をしていたこともあるそうです」

写真を見てみると、くわえタバコで懸命に綱引きに励んでいるものや、祭りを楽しんでいるものなど、「日本を代表する文豪」というイメージとはかけ離れた人間味あふれる作家たちの姿がありました。中でも、ひときわ楽しそうな様子を見せているのが、久米正雄。小説家、劇作家、俳人として活躍した一方、鎌倉文庫の社長を務め、鎌倉カーニバルを発案した人物です。彼を中心として、鎌倉文士たちは、作家業と並行して活気あふれる鎌倉での日々を紡いだのでしょう。

この街には今も彼らの足跡を感じられる場所がたくさんあると聞き、最後に少し散策してみることにしました。鎌倉文学館を出ると、すぐ側には、少女小説の第一人者である吉屋信子が住んでいた家や、川端康成が小説「山の音」の舞台として書いた甘縄神明宮があるなど、歩いているだけで次々とゆかりのある場所に出会えます。

最後に到着したのは、長谷寺。四季折々の花が彩る寺として知られていますが、ここにも文学者の面影が残っているそうです。それは、入口を通ってすぐのところにある久米正雄のブロンズ像。なんでも、関東大震災が起きたとき、久米が長谷寺境内の高台に避難したことに由来して建てられたものだそう。

恋をしたり、友情を結んだり、時には知恵を絞って苦難に立ち向かったり……観光名所というイメージの強い鎌倉の街も、少し視点を変えると、私たちと同じように喜怒哀楽を繰り返しながら日々を営んだ文学者たちの痕跡が見つかりました。彼らもこんな風に海風を感じたのかな、その気持ちはどうやって作品にしたのかな。そう想いをめぐらせながら歩くと、自然豊かな鎌倉の風景が、より鮮やかに見える気がしました。

鎌倉文学館

神奈川県鎌倉市長谷1-5-3
TEL:0467-23-3911
営業時間:3月-9月 9:00-17:00(入館は16:30まで)、10月-2月 9:00-16:30(入館は16:00まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12月29日-1月3日)
展示替期間・特別整理期間:5・6月、10・11月は月1回の休館日を除き開館
http://www.kamakurabungaku.com/index.html

鎌倉 長谷寺

神奈川県鎌倉市長谷3-11-2
TEL:0467-22-6300
開門時間:3月-9月 8:00-17:00(閉山17:30)、10月-2月 9:00-16:30(閉山17:00)
http://www.hasedera.jp/

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