【scene 02 鶯谷「デン」の一服 ― まわる東京、緑色の電車に乗って】

鶯谷

それは、鶯谷駅南口の駅舎にかかる「散策の街 鶯谷」という看板を見つけたのがきっかけでした。東京に住んで10年以上、一度も鶯谷駅を降りたことがなく、私にとってこれといって際立った印象も持たない街だったからこそ、今日は「散策してみよう」と思い立ったのです。

南口の改札を抜けて緩やかな坂を下れば、居酒屋やレストランが立ち並ぶ賑やかな大通り、言問通りに出ます。さらに北口方面へ、そして住宅地の小道に入ると、途端に雰囲気が変わりました。

鶯谷

ひっそりと忍ぶように住宅街に溶け込むラブホテル、ラブホテル。ちょっとディープな雰囲気に不安になってきたあたりでブロック塀に木造の玄関! ……昔ながらの日本家屋といった風貌の「子規庵」にたどり着きます。

子規庵

子規庵

鶯谷駅の北側、ここ根岸地区は、多くの文人墨客が好んで住んでいました。俳人の正岡子規もその一人。子規が晩年を過ごし、森鴎外や夏目漱石もここで開催された句会に足を運んだといいます。その向かい側には、洋画家であり書道家でもあった中村不折が創設した書道博物館があります。

書道博物館

今はビルと高架道路のせいであまり景観が良いとは言えない根岸の街ですが、明治時代には「上野の山」も望むことができたと言います。目を瞑り想像すると、あたりは野鳥たちが四季の変わり目を伝え、上野の山の草花を愛する人々が住まう緑が豊かな場所だったのかもしれません。

気づけば午後3時を回っていました。言問通り添いにあるカフェバーには外国から来た観光客が集まり、角打ちスペースのある酒屋には地元の飲み助たちがほろ酔い気分を楽しんでいます。

鶯谷

鶯谷

そろそろ私もどこかで休憩を、と思っていると黄色い屋根の中央にカタカナで「デン」と書かれた喫茶店を見つけました。純喫茶然としたどこか懐かしい雰囲気に、引き寄せられるように中へ入ってみることにしました。

デン

聞くところ、昭和46年から営業を続けているという喫茶店「デン」。レトロな模様のソファーが並ぶ店内には、手作りのメニューが貼られ、ほっと落ち着ける温かい空気で満たされています。このお店の看板メニューは食パン一斤を丸ごと使ったグラタンシチューパン「グラパン(850円)」と、「コーヒーフロート(550円)」だと聞き、喉が乾いていた私は、コーヒーフロートを注文しました。

デン

デン

コーヒーフロート

間もなく運ばれてきたのは、高さ30センチのコーヒーフロート。グラスに入ったアイスコーヒーの上にはソフトクリームがどっしりと渦を巻き、さらにその上に帽子をかぶせるかのようにコーンが乗っています。コーヒーフロートをいただきながら、店長の根本さつきさんにお話を伺いました。

デン

根本さん:「私で店長は二代目。何か看板メニューをと、グラパンとコーヒーフロートをお店に出すようになってから、遠方からのお客さんも増え、昼間は初代店長の義父も厨房に立って、家族みんなで営業しています」

小さな厨房に置かれた家庭用の三口コンロをフル稼働させて、忙しくても笑顔で客席を行き来するその姿こそ、アットホームな空気の源なのでしょう。

デン

台東区に生まれ、9年前にお店を引き継いだという根本さん。鶯谷の印象を聞いてみると「何年住んでも目立った特徴のない街だと思う」と快活に笑います。
根本さん:「でも上野、谷根千と観光スポットが近隣にあるからか、最近は宿泊したり足を伸ばしたりと観光客が増えているんですよ」

デン

雀より、鶯多き根岸かな - 正岡子規

子規はこの街を「鶯が多い町」と歌にしました。私が鶯谷散策で見たのは雀でも鶯でもなく、ほとんどが鳩でしたが、帰り際に駅舎から見上げた空は広く、伸び伸びとした穏やかさを感じました。

鳥

街に溶けこむ喫茶店を訪ねて

たまごサンドと一期一会 川崎大師「ティールーム 城亜」

たまごサンドと一期一会 川崎大師「ティールーム 城亜」

それは、鶯谷駅南口の駅舎にかかる「散策の街 鶯谷」という看板を見つけたのがきっかけでした。東京に住んで10年以…

2018-02-02 17:06

喫茶店デン

東京都台東区根岸3-3-18

TEL:03-3875-3009

営業時間:9:00-19:00

定休日:不定休

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この特集について

まわる東京、緑色の電車に乗って。 ― 2018年2月特集

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