【scene 01 海へ ― Tokyo Trip 冬の旅2018】

海が見たいと思った。
とある冬の朝。東京の、慌ただしい駅のホーム。
冷えた手を吐く息であたためながら、そう思った。

週末がきた。あの日のホームで抱いた気持ちのまま、九十九里浜に向かった。なんで九十九里浜なのかしら? 深い理由は特になくて、強いて言えば、子どもの頃に流行っていた歌をふと思い出したから。

「別れたあの夏を忘れられないの」……というわけじゃないけれど、哀愁漂うメロディーを小さく口ずさむとちょっとセンチメンタルな気分。

講堂

東京駅から特急「しおさい」で約二時間。高層ビルが立ち並ぶ大都会をぐんぐん進む。気づけば、少し眠っていたらしい。目の前に広がるのは、のどかな田園地帯。

光

畑

畑2

雲

銚子駅に到着してすぐ、改札の手前に展示された、小さな木の樽を見つけた。樽のまわりに置かれているのは、いろいろな醤油。銚子には、ヒゲタ醤油とヤマサ醤油という、ふたつの老舗醤油メーカーの工場がある。ヒゲタ醤油なら予約なしで工場見学ができると聞いて、行ってみることにした。

のんびり歩いていると、だんだん醤油の香りがしてくる。大きく開かれた門から、工場の広い敷地が見渡せた。正面の、茶色い建物の存在感!

駅前

まずは古い映画館のような映写室に案内され、ヒゲタ醤油の歴史についての映像を見る。創業は、なんと江戸時代の初期。茶色い建物は昭和五年に建てられ、今も工場として現役で稼働中だと聞いてびっくり。

蔵

垂れ幕

銚子で醤油づくりが盛んになった理由は、昼夜の寒暖差が少ない温暖な気候が、麹菌や微生物のはたらきに適していたからだそうだ。そして、銚子が利根川の終点で、かつ太平洋に面していたことも重要だった。かつて、利根川は江戸へ向かう水路として使われ、たくさんの船に乗せられたたくさんの醤油が、江戸へと運ばれたのだと言う。

交差点

そばや天ぷらなどの江戸の食文化も、銚子の醤油なくしては発展しなかったと聞いて、歴史のロマンに思いを馳せる。その後、施設内最古の工場と史料館を見学して、記念品の卓上醤油をいただいた。嬉しくなって、周辺をぶらぶらと散策してみることにする。

イッヌ

ほどなくして、前方に現れた高い堤防。その向こう側にキラキラと光るのは、海のように見えるけれど……利根川だ。

堤防から少し背伸びして、空と、太陽の光を反射する水面を覗き見る。冷たく澄んだ空気を吸い込んで、思い起こすのは、醤油工場でかいだ香ばしいにおい。

海

小麦を炒る、どこか甘いにおい。蔵の中で、大豆と小麦が発酵するにおい。大切な人と囲む食卓を思い出す、しあわせなにおい。

少しずつ日が傾き始め、水面はより一層キラキラと輝く。ここに悠々と流れる川は、海へとつながっている。そしてその海は、大切な人たちの住む「東京」につながっている。

写真:川瀬一絵
島根県出雲市出身。忘れっぽいことへの焦燥感から写真を撮り始め、些細な体感を収集するように撮影を続けている。
近所や訪れた先々で適当に散歩して道に迷うのが趣味。
http://yukaistudio.com/?cat=22

房総特急列車「しおさい」

東京駅から、千葉県の佐倉駅・成東駅・銚子駅間を走る特急列車。JR総武本線経由で運行している。上り・下りともに1日5〜7本運行。東京駅から銚子駅までの所要時間は1時間50分程度。

ヒゲタ醤油

江戸幕府が開かれて13年後の1616年に創業。現存する関東最古の醤油メーカー。創業以来四世紀にわたり、銚子で醤油を醸造している。家庭用の醤油はもちろん、業務用のそばつゆやめんつゆ、ラーメンスープなども主力商品として有名。

千葉県銚子市八幡町516
TEL:0479-22-0080(見学問い合わせ先)
見学受付時間:午前 9:00-12:00/午後 13:00-16:00
アクセス:JR銚子駅から徒歩12分
http://www.higeta.co.jp

新潟県生まれ、神奈川県育ち。下戸ですがおいしい食べ物には執着するタイプ。動物園と水族館と古い建物が好きです。出先で団地群など「昭和」を感じる風景を見つけるとつい立ち止まってしまいます。

この特集について

1月特集ビジュアル

Tokyo Trip 冬の旅2018 ― 2018年1月特集

冬の日。木漏れ日。透き通った空。太陽に手をかざして温もりを感じる。ぎゅっと手を握ると、その温もりは手のひらの中心を通ってからだに伝わる。空気は冷たい。 東京と、東京都、TOKYO-TO。トーキョーは、どこまでがトーキョー? 週末に東京駅から特急「しおさい」に飛び乗って、私は東の都から、さらに東へと向かった。 九十九里の海を見に旅に出た、一泊二日のひとり旅。別に落ち込んでいないけど、自分を見つめた束の間のセンチメンタル・ジャーニー。   文・菊地飛鳥 写真・川瀬一絵 企画構成・市井了 編集|haletto編集部