【墓地女が行く!⑤】― 多磨霊園に眠る「長谷川町子」

昭和初期、福岡にとある騒がしい一家がいました。すでに父は亡く、母親と三姉妹という女性ばかりの四人家族でしたが、日々賑やかに、仲睦まじく暮らしていました。その三姉妹の次女・長谷川町子さんは、父の記憶はほとんどなく、結婚もしませんでしたが、家族を題材にした日本の国民的漫画『サザエさん』を世に送り出しました。

町子さんが眠っているのは、府中市の多磨霊園。西武多摩川線多磨駅の出口 から、墓石屋や花屋などが並ぶ小道を約10分歩くと、霊園に辿り着きます。

霊園内は車移動が必要なほど広大ですが、町子さんのお墓は比較的正門に近い10区にあり、徒歩で移動できます。正門から続く大通り「名誉霊域通り」を10分ほどまっすぐ進み、左に折れてさらに少し歩くと、通り沿いに「長谷川家」と書かれた墓碑が見えました。ここが町子さんのお墓です。

長谷川町子の墓

長谷川家はクリスチャンだったので、墓碑には十字架が彫られています。町子さんのお父さんが病に伏した時、お母さんがキリスト教の信仰を始めたのだそう。38歳で夫に先立たれ、突然三人の娘と生きていかなければならなくなったお母さんは、旧約聖書の教えを信じ、娘たちに「人に頼らず生きていきなさい」と教えました。

そんな教育方針から、福岡から東京に引っ越した後、お母さんは町子さんを漫画家・田河水泡氏に弟子入りさせ、漫画家への道を拓きました。このお墓には、そんな『サザエさん』の原点を作ったお母さんも一緒に眠っています。

声が人一倍大きく、お山の大将のようで、正にリアル・サザエさんだったという町子さんですが、意外にも実は人付き合いが苦手で、傍若無人だったのは家庭内だけだったそう。長谷川町子=サザエさんそのもの! とイメージしていたため、驚きです。

町子さんは生涯、家を出ませんでした。縁談はあったものの、お母さんの影響なのか、夫や子供の世話で暮らしていきたくないと考え、「私は結婚には向かない」と言っていたそう。彼女にとっての家庭は終生、母や妹夫婦、その子供たちで構成される、居心地の良い長谷川家だったのです。

『サザエさん』の雰囲気は、作者にお父さんや夫がいなかったことを感じさせないほど、温かく穏やかです。きっと、「お父さんがいない」「夫がいない」など人と比べることなく、自分の幸せが何なのか、自分が心安らぐ場所はどこなのか、よくわかっていたのでしょう。そして、その温かな気持ちを漫画に宿したのです。

町子さんの賑やかな家庭の記憶は、今でも日曜夜のお茶の間を温かい気持ちで満たしています。

【参考文献】
『サザエさんの東京物語』長谷川洋子(朝日出版社、2008年)

多磨霊園

東京都府中市多磨町4-628
TEL:042-365-2079
営業時間:8:30-17:15
定休日:年末年始

ライター

埼玉県生まれ、群馬県育ち、東京都在住の関東人。エジプト、トルコ、ギリシャ界隈の歴史が大好きな世界史系歴女。シャーマニズム、古今東西の墓文化、ハロウィーンなどミステリアスなものにも惹かれる。

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