【墓地女が行く!④】― 多磨霊園に眠る「与謝野晶子」

今から100年ほど前、多くの日本女性にとっての結婚は生活の手段でした。経済力を持たない女性は、例え意に添わなくても、生活のために稼ぎのある男性と結婚しました。そんな当時の社会に警鐘を鳴らしたのが、『みだれ髪』「君死にたまふことなかれ」などが有名な歌人・与謝野晶子です。

歌人としてだけではなく、実は多方面に活躍し、エネルギッシュな人生を歩んだ晶子。府中市の多磨霊園にある、彼女のお墓を訪ねました。

与謝野晶子の墓

多磨霊園中央に伸びるバス通りを北に向かってまっすぐ進み、11区に入って少し歩くと、目的のお墓が見つかりました。サイズ・デザインともに同じ墓石が2つ並べられ、右が晶子、左が夫・与謝野鉄幹のお墓です。ともに歌人だった与謝野夫妻らしく、敷地内の4か所に歌が彫られています。

明治初期に大阪の老舗和菓子屋に生まれた晶子は、幼い頃から店の帳簿つけを任されるなど、お金を稼ぐことの苦労を体感してきました。同時に、働くことの喜びも知っていきました。そして晶子は、夫の収入に頼って生活する多くの女性たちに、女性が働き、経済的にも精神的にも自立する大切さを訴えたのです。

女性に経済力があれば、気に入らない縁談は断っても良い。
縁あって結婚した後も、女性が男性と責任を分け合って働けば、男性が威張ることも、女性が自分を卑下することもなくなる。対等な立場で、愛情ある家庭が築ける。
家計の責任を一身に背負う男性の負担が減り、長時間労働も減り、男性も育児に参加しやすくなる。
夫婦に愛情がなくなれば、離婚しても構わない。

晶子のこうした訴えは、今でこそ当たり前のように思えますが、当時はあまりにも前衛的でした。時代の先を行きすぎて、批判を受けることもしばしば。しかし、晶子は時に夫以上に稼ぎ、鉄幹は子供の面倒を見たり晶子の仕事を手伝ったりして、与謝野夫妻は対等な関係を実現して見せていました。

現代でも専業主婦になりたい女性が多いと知ったら、晶子はなんと言うでしょうか。お墓の中からお説教でも飛んできそうな気がします。

歌人としての成果のほかに、日本初の無痛分娩を自分の身体で試して成功させたり、童話作家として活躍したりと、ここでは書ききれないほどの功績を残した晶子。これは、11人の子育てや家事を平行させて成し遂げた成果です。それでもなお、もっと勉強したい、もっといろいろなことを知りたいと、現状に満足していない気持ちを綴った文章も残っています。その底なしのエネルギーに、ただただ圧倒されるばかりです。

夫のお墓の横に同じ規格の墓石を並べた晶子のお墓は、何より彼女らしいと感じます。慣例通り、黙って夫のお墓に入るのではなく、夫と肩を並べるように堂々と鎮座する墓石。その様に、彼女の自立した女性としての誇りが見えるような気がするのです。

国立国会図書館WEBサイトより引用 出典:与謝野晶子詩歌集

【参考文献】
『与謝野晶子』松村由利子(中央公論新社、2009年)

多磨霊園

東京都府中市多磨町4-628
TEL:042-365-2079
営業時間:8:30-17:15
定休日:年末年始

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