【scene 02 ― 心を込めた東京レター】伝えたいことは「I love you」

夏目漱石

小説家・夏目漱石 国立国会図書館ウェブサイトより引用

「I love you」

そう、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳せばいい、と言ったのは小説家・夏目漱石。漱石は教師時代、「I love you」の日本語訳を生徒にさせた際、「我汝を愛す」と直訳した生徒に対して、「日本人はそのようには言わない。月が綺麗ですね、と訳しておけば日本人には伝わる」と話したという逸話があります。

外国の友人にこれを説明したら「分かりづらい、面倒くさい」と言われてしまうかもしれませんが、言葉の真意とその情景を想像させるような言い回しは、奥ゆかしく愛おしく感じます。

「ハグもキスもしないなら、日本人はどうやって大切な人に愛情を伝えているの?」フランス人の友人からのその問いの返答に困った私は「日本人はシャイだからね」と答えた記憶があります。

海外旅行に行くと、空港や駅で友人や家族とぎゅっと抱擁して再会を喜び、恋人でなくとも額や頬にキスをしている外国人の姿をよく見かけます。

もちろん恋人同士も、カフェやファストフード店内、スーパーマーケットのエスカレーターなどの公の場でキス、キス、キス。日本ではあまり見かけないオープンでストレートな愛情表現です。

その後、家族や友人に親愛の情をどう表現しているか、思い返してみました。年末年始、故郷に帰って久しぶりに両親の顔を見たときも、地元の友人に会ったときも、ハグやキスをすることはないですが、それでも十分に「会えて嬉しい」という気持ちを好意とともに「久しぶり、元気だった?」の言葉に込めています。

恋人への愛情表現も同様で、公衆の面前でキスをしたり「好き」という気持ちをダイレクトに言葉にしたりすることはありません。ましてや「愛してる」なんて言葉、こうして文章にするだけで気恥ずかしい。

百人一首に登場する和歌にも、恋を読んだ歌が多く登場します。

藤原道信朝臣(『小倉百人一首』より) wikipediaより引用

「明けぬれば 暮るるものとは知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな」

(藤原道信朝臣:「後拾遺集」より)

現代語訳は「夜が明ければ、やがてはまた日が暮れてあなたに会えるものだと分かってはいても、やはりあなたと別れる夜明けは、恨めしく思われるものです」。

藤原義孝(小倉百人一首より)、wikipediaより引用

藤原義孝(小倉百人一首より)、wikipediaより引用

「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」

(藤原義孝:「後拾遺集」より)

現代語訳は「あなたに会うためなら惜しいとは思わなかった私の命ですが、こうしてあなたと会うことができた今は、いつまでも生きていたいと思っています」。

どちらの歌もつまりは「あなたがとても好き! 大切!」と言っているのですが、遠回しに遠慮深く表現することで、儚く美しい歌に聞こえてきます。このように言葉の奥に秘められた感情や思いを深読みさせることは、日本人の美学のようなものとして、ずっと前から定着しているひとつの文化なのかもしれません。

1995年に公開された岩井俊二監督の映画『Love Letter』でも、言葉や仕草の端々に込められた愛情表現を見ることができます。

「Love Letter(岩井俊二 1995年)」amazonより引用

山の遭難事故で亡くなった恋人に宛てた手紙をきっかけに、過去の記憶を紐解いていくストーリーで、「ラブレター」というタイトルにもかかわらず、作中では「愛してる」などのストレートな表現は出てきません。それでも主演の中山美穂が演じる「渡辺博子」から亡き恋人への親愛の情や、博子の恋人「藤井樹」の中学時代の淡い初恋が言葉の端々や日常のやりとりの中から読み取ることができます。

中学時代の「樹」が図書カードの裏に描いた淡い初恋の気持ちや、博子が

「お元気ですか、私は元気です」

と恋人が眠る雪山に向かって繰り返し叫ぶラストシーン。

補足的な説明は描写されませんが、その言動に込められた「想い」が確かにそこにあり、見る人の胸に深く響きます。

今年もあとわずか。最近では年末年始の挨拶をSNSで済ませてしまうことも多いですが、2018年最初の挨拶は、しばらく顔を見ていない友人や恩師に宛てて手書きで年賀状を送りたいと思います。「お元気ですか」の冒頭の一言にはさまざまな思いを乗せて。

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心を込めた東京レター

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