【scene 01 ― 心を込めた東京レター】思えば遠くへ来たもんだ ― 「私の原風景」を探して 後篇

編集部の「原風景」はつづきます。

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「私の原風景④」折戸好美

原稿用紙

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小さい頃、私は外で遊ぶのが好きな子供だった。今では全く興味はないが、小学校の帰り道にはオシロイバナの種を集めたり、ネコジャラシを沢山摘んでブーケのように束ねたりして、家には私が外から持ち帰った植物が溢れていた。

夏休みは毎年家族でキャンプに行って、二人の弟と一緒に茂みや川の中を探検したのは、とても良い思い出になっている。そんな、かなりアウトドア派な子供時代を過ごしていた私だが、特に好きだったのは、夏の恒例行事である海水浴だった。海の中に入って波にゆられるのも、もちろん楽しい。砂浜に落ちている貝殻や小石を集めるのも、普段触れている植物とは違って冒険心がくすぐられた。

中でも私の心を掴んだのは、青や緑の透明な小石たち。ガラスの破片の角が波で削られ丸みを帯びたもので、いわゆる「シーグラス」と呼ばれるものだ。毎年海に行ってはこれを探し集めた結果、中学生になる頃には、小瓶いっぱいにカラフルな小石が詰まっていた。

大人になった私は、つい最近引越しをした。荷物を整理していると、出てくる出てくる、ガラクタたち。針が止まった時計、どうしても欲しくて買ってもらった洋服や古い携帯など、今となってはどれもくすんで見えてくる。「昔はもっと輝いて見えたんだけどなあ。」そんなことを思いながらゴミ袋に不要品を放り込んでいると、あるビンが目に入った。

それは、子供の頃に夢中になって集めたあのシーグラスだった。懐かしくなり、一個一個手にとって眺めてみる。手のひらにのせたそれは、まるで小さな宝石のよう。あの頃、真夏の太陽の下で長い時間これを探し回っていたこと、そしてそれを見つけたときのあの高揚感を、昨日のことのように、鮮明に思い出した。私にとっての原風景は、どうしようもなくわくわくしながら見た、果てしなく続く砂浜の輝きだったように思う。懐かしさに浸りながら、引越し作業の続きに取り掛かった。

海辺

 

「私の原風景⑤」浅田喬子

原稿用紙

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私は海辺にいた。水平線に目をやる。水面から空高くまで、美しい青色が続いている。空に近づくほど色が薄まりグラデーションになったその景色は雄大でありながら繊細さも秘めている。ここには私以外誰もいない。どこまでも続く切れ目のない景色に意識が吸い込まれ、たくさんの人の顔が浮かんでは消える。

あの時言うべきだった言葉はごめんねとありがとう、そのどちらだったのか。何も言わずに黙っているべきだったのかもしれない。取りとめなく溢れてくる、解けない問題に、答を出そうともせず、急かされもしない。ただ私を受け止め、じっと見守ってくれているような、視界を遮るものが何ひとつないその空間で、孤独であることに安らぎを覚えている。

次に気付くと、あたたかな色味の大地に立っていた。歩き出すと、視界がどんどん鮮やかで緑豊かな景色へと変わっていく。私の歩く道は、すこし曲がったりしながらも、まっすぐに伸びている。しかしその先の景色は、歩けども歩けども、見えてこない。

私は籠のカバンを提げているが、中に何を入れてきたんだっけ。「あとで確認しよう。」このカバンにはこれから拾う素敵なものも入れていけばいい。そんなことを考えていたら、見えない先への不安は、ワクワクする気持ちへ変わっていく。海辺からずっと裸足のままできたが、不思議と少しも汚れない。歩いた道の色にそのつど染まったりしながら、歩けば歩くほどキラキラと輝いていくようだ。

ふと気がつくと、大きな窓のある部屋の中にいた。少し透けたカーテンの奥から差し込む陽の光は明るく暖かで、とても気持ちがよい。掛けられた服全てに、大切な想い出があるからか、クローゼットを開けると優しい気持ちになる。そのうちの1枚を身に着けると、ふんわりとした感触に心も体も軽く、自由になるようだ。私は、壁で閉じられたその場所から無性に出たくなり、気が付くと窓から翔び出していた。

くらげ

「私の原風景⑥」三宅朝子

原稿用紙

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中学生の頃、生徒会長をしていた。2歳年上の姉が、同じ中学校で生徒会執行部に入っていたことがきっかけだと思う。ただ、理由はそれだけではなく、多分もっと幼い頃から私はとても目立ちたがり屋だった。小学生の頃も、幼稚園でも、家族の中でも、いつも仕切りたがり屋だったし、ダラダラしているチームワークを乱す人が嫌いだった。

生徒会長をしている中で、今でも忘れられないできごとがある。それは、卒業生へ送辞を読んだことだ。初めての大仕事だった。歴代の先輩方の送辞の束を先生から渡されて、参考にするようにと伝えられたが、どれもつまらなかった。その理由は、送辞で言うべき定型文ばかりが並んでいて、正直どれも同じだったから。私は心に決めた。

「自分の言葉で書こう。」卒業式当日、壇上で、自分で書いた、正真正銘、自分の「送辞」を読み上げた。私は感極まって、読みながら声をつまらせたりもした。後ろから、父兄の方々や在校生、卒業生のすすり泣く声も聞こえた。卒業式が終わった後、先生から職員室に呼び出され、とてもよかった、と告げられた。卒業生の親御さんたちからも評判だったようで、一時期私の親は町内では鼻が高かったらしい。

そんな私は今、メディアの編集長をしている。自分が伝えたいこと、今やるべきだと思ったこと、全てを、自分の言葉で多くの人に伝えていくことが好きだ、と、あのときの出来事で自覚したからだ。文章を書くことが決して上手ではないことは分かっている。けれど、誰かの心を動かすことができるような文章を書いていくことは、きっとメディアの編集長を辞めたとしてもずっと続けていくと思う。

あの時書いた送辞の台紙のザラザラした感じ、字が上手い祖父が書き上げてくれた文章、目の前に立つ先輩の涙、振り返った先に広がる人々の顔。一呼吸おいて一礼した私。あの高揚感を思い出して、私は今日も頑張る。

三宅

halettoは、アラウンドサーティーに贈る、まだ知らないTOKYOの新ガイドブック。知っているようで知らなかった東京という街の魅力を紹介します。都心だから守られた豊かな自然、歩いてみてわかった街のすがたとそこに住むひと、美味しい発見。あなたが素敵な休日を過ごすための情報をWebマガジンで発信、ワークショップ・イベントを通して価値観を伝えます。

この特集について

11月特集ビジュアル

心を込めた東京レター

公園の木々の葉は色付き、外苑前の銀杏並木は金色に輝いています。朝6時半、大手町から皇居の周りを走り始めれば、時折白い息の向こう側に、紅葉の鮮やかさが映り込み、思わず目が奪われます。お堀に写った紅葉と高層ビル、ランナーたち。東京の朝です。 日没も過ぎて秋の夜長、皆さんはどうお過ごしでしょうか。台湾映画を見たり、イギリス小説を読んだり、月を眺めたり。少し肌寒くなったこの季節は、とかく感覚が鋭敏になります。きりきりとしたそんな感覚をホット・バタード・ラム・カウをいただいてほわっとするのも良しでしょう。 眠る前におすすめなことが手紙を書くこと。遠く離れた家族へ、近くにいる恋人へ。10年後の自分へ。電話でもメールでもない、あなたの文字で書くこと。一言でも、二言でも、まとまりもなくていい、日々を書くこと。便箋を前にして、何を想いますか。