東京で古墳を探せ!① 上野公園「摺鉢山古墳」

動物園や博物館で有名な上野公園。最近はパンダの赤ちゃんが誕生し、園内の盛り上がりはさらに増しています。たくさんの観光客で賑わうこの公園に、巨大な古墳があることを知っていますか? パンダがやってくるよりもずーっと前からこの地を見守ってきた、古代の遺構を訪ねました。

電車が到着する度に観光客でごった返す、上野駅公園口。駅前の信号が青に変わると、多くの人が吸い込まれるように公園内へと歩き出します。彼らのお目当ては動物園のパンダや今話題の展覧会など。大勢の人が公園の中心部に向かってずんずん進んでいきますが、私は手前で止まり、トイレのある角を左折します。

上野公園内

道路右手に広がる野球場を通り過ぎると、公園管理事務所の横に丘を登る階段を発見。この丘こそが、約1500年前からここに鎮座しているという、摺鉢山(すりばちやま)古墳なのです。

摺鉢山古墳入り口の階段

摺鉢山古墳の看板

この古墳は、丘が摺鉢を伏せた姿に似ていることからその名が付けられたのだそう。もともとは前方後円墳だったと伝えられていますが、今では形がすっかり崩れてしまい、現在の「摺鉢型」になったのだとか。

摺鉢山古墳入り口の階段アップ

階段を登って辿り着いた頂上は、腰かけられる大きな石が転々と並べられ、休憩所になっていました。木々が丘全体を覆うように茂り、土のにおいと一緒に涼しい風が通り抜けていきます。石に座っていたおじいさんも、風が吹くと心地良さそうに空を見上げています。

あまりにゆったりとした空気に、ここが古墳だということは忘れてしまいそうです。埋葬者が誰なのかはわかっていないようなのですが、この場所からは弥生土器や埴輪の破片など、数多くの副葬品が見つかっています。遠い古代に大切な人を想い、誰かがこの地に丘を築いたことは確かなのです。

摺鉢山古墳の階段上

階段を下り、周囲をぐるりと回っても、やはり木々に囲まれたただの丘にしか見えません。私はこの古墳の横を通る道を何度か歩いたことがありますが、何の変哲もない林だと思い、意識したことはありませんでした。今、この道を歩いている人も、一体何人がこの丘を古墳だと知っているでしょうか。

昔を偲べるような面影はほとんどない摺鉢山古墳ですが、それでも都内屈指の古墳です。実は上野公園内には摺鉢山古墳のほかにも古代の遺構があり、なんと国立博物館内の丘や、上野大仏の丘なども、原形を失ってしまった「元古墳」なのです。今や上野の名所と化したそれらと比べると、摺鉢山古墳には誰かがそこに眠っていたことをほのかに感じさせる、古墳らしいスケール感があります。

園内にはほかにも、歴史を感じられるスポットがひっそりと佇んでいます。古墳時代に朝鮮半島からやってきた学者・王仁(ワニ)博士の碑や、江戸時代を生きた天台宗の高僧・天海僧正の供養塔、幕末に新政府軍と戦って敗れた彰義隊の墓など……古墳だけではない、さまざまな時代の名残がこの公園内にはありました。

摺鉢山古墳にあるお墓や石碑

摺鉢山古墳内のお墓

摺鉢山古墳をはじめ、歴史的なスポットは公園の中でもひときわ静かな場所にあります。動物園や博物館などが並ぶ華やかな辺りからは少し離れ、人通りもあまり多くありません。しかしこのエリアでは、動物園やお花見などレジャーのイメージが強い上野公園の、新たな一面を見ることができるのです。

幕末に戦いが繰り広げられた日も、初めてパンダがやってきた日もこの地に佇み、上野の喜びも悲しみも静かに見守ってきた摺鉢山古墳。木々に覆われた小さな丘の中には、素通りしてしまうのが惜しいほどの歴史が詰まっています。

上野公園内2

参考文献
『日本古墳大辞典』(大塚初重, 小林三郎, 熊野正也編 、1989-2002年)

上野恩賜公園

東京都台東区上野公園・池之端三丁目
TEL:03-3828-5644
営業時間:5:00-23:00
定休日:年中無休(12/29-1/3は事務所業務休止)

ライター

埼玉県生まれ、群馬県育ち、東京都在住の関東人。エジプト、トルコ、ギリシャ界隈の歴史が大好きな世界史系歴女。シャーマニズム、古今東西の墓文化、ハロウィーンなどミステリアスなものにも惹かれる。

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