今日は老舗で新そばを ― 「神田まつや」

老舗のそば屋として、とくに“通”の人達が足繁く通う「神田まつや」を目指したのは、日もとっぷりと暮れた平日の午後7時過ぎでした。

地下鉄丸の内線「淡路町駅」のA3出口を出ると、古い時代の面影を残した街並みが薄ぼんやりと目の前に現れます。この界隈は、第二次世界大戦の猛火を逃れた場所で、かつては「連雀町」と呼ばれていたそう。周辺をぐるりと見渡すと、日本家屋をそのまま生かしたと思われる、古い造りの建物がいくつか目に入りました。駅からお店までは、歩いてたったの1分。歩き初めてすぐに、暗闇の中、店明かりに浮かぶ「神田まつや」ののれんを見つけることができました。

神田まつや

薄明かりがともる、ひときわ趣深い建物。来たことはないはずなのに、目にした瞬間、とても昔懐かしい気持ちになります。

「ごめんください」と挨拶をして引き戸を開けて中に入ると、昭和の時代にタイムスリップしたかのような空間がそこにありました。古い壁時計に木造りの椅子と食卓、優しい色合いの照明……どれもが長い時間を経ているとわかり、なんとも言えない風合いを醸し出しています。

神田まつや

「神田まつや」の創業年は明治17年。現在は、小高家の4代目にあたる、孝之さんがお店を仕切ります。

そばといえば、「秋の新そば」が有名です。新そばは、春、夏、秋の、年に3回出ますが、特に上質でおいしいといわれているのが、秋に出回る新そば。香りも味わいも豊かで、“そば好き”はその登場を楽しみにしているといいます。

小高さんに、「神田まつや」の蕎麦について、詳しくお話を伺いました。

小高さん:「『神田まつや』では、茨城県境町で収穫される『常陸秋そば』という品種をおもに使用しています。北海道や青森で収穫される品種も使用していますが、『常陸秋そば』がメインのそば粉です」

「常陸秋そば」は、香りも風味も味わいも上質なそば粉なのだと話します。

また、昔ながらの“手打ち”のそばが提供されているという点も、「神田まつや」の特徴の一つ。

小高さん:「そば屋は各地にたくさんありますが、ほとんどのお店で、機械でそばを打つ“機械打ち”が製法として導入されているはずです。すべて“手打ち”という店は、ほとんどないでしょう」

機械打ちと比べると、手打ちの方が大幅に手間も時間もかかります。手打ちと聞いただけで、つい“美味しいそば”を連想してしまいますが……。「手打ちでないそばは、風味も味もいまひとつ、という考えは大間違いです」と、小高さん。

小高さん:「機械打ちでも、美味しいそばを提供しているお店はたくさんありますよ。よくグルメ系のメディアで、“手打ちのそばの味は格別”といった文言が見られますが、手打ちか機械打ちか、食べて判断できる人は皆無に等しいでしょう。実は『神田まつや』でも、昭和初期から37年間ほどは、機械打ちを導入していましたが、ごく小さな違いにこだわった結果、その後手打ちに戻ったんです」

ここで、お店自慢のおそばをいただくことにしました。提供していただいたメニューは、「ごまそば(800円)」です。せいろに盛られたそばは艶があり、とても美味しそう。ごま汁につけてすすると、口の中に豊かなゴマの香りが広がります。また、そばは香り高く、歯ごたえも抜群です。あっという間に喉の奥に吸い込まれていくかのような感覚が楽しめますが、これを「のどごしがいい」というのでしょう。

小高さん:「引き伸ばしたそばを均等な太さに切ったり、そばの香りや甘みを最大限生かしつつ茹でるうえでは、コツと熟練の技が求められます。また、そばは茹でたてよりも、水がよく切れたものの方が、甘みが濃く感じられるんですよ」

これまで色々なそば屋に足を運びましたが、「神田まつや」でいただいたそばの味は、格別な味わいに感じられました。香りも舌触りも素晴らしく、これまでに体験したことがないものです。

長年にわたって蕎麦作りの現場に携わりつづけ、“本当においしい蕎麦”を追求し続けてきた小高さん。最後にこう話してくれました。

小高さん:「“そば粉100%使用”、”手打ち”といった製法を実践しているからといって、美味しい蕎麦かというと、そうではありません。皆さんには、肩書きや売り文句に踊らされず、実際に食した時の直感で、”いい蕎麦屋かどうか”を判断してほしいです」

奥深い蕎麦の世界。一歩足を踏み入れたことで、また一つ、大人への階段を登ったような気がします。

神田まつや

東京都千代田区神田須田町1-13
TEL:03-3251-1556
営業時間:月-金 11:00-20:00(L.O. 19:45)、土・祝 11:00-19:00(L.O. 18:45)
定休日:日曜日
http://www.kanda-matsuya.jp/

ライター

千葉県生まれ。食べ歩きとお酒、島巡りが好きです。ワインと日本酒の奥深さに感動し最近スクールに足を運んだりするようになりました。

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