Mucchi’s Caféの【おとなの絵本教室】Vol.13

くまとやまねこ

30代の年齢になると、人生の中で大事な人を喪う経験している方もいるのではないでしょうか。

突然、仲良しの小鳥を亡くしてしまった、くま。くまは手作りの箱にそっと小鳥の亡骸をいれ、持ち歩くようになります。箱の中を見るたびに、森の動物たちは「ことりはもうかえってこないんだ。わすれなくちゃ」と声を掛けます。しかしくまは、部屋に閉じこもるようになってしまいます。その後くまはやまねこと出会います。やまねことの出会いでくまは一体どうなるのでしょうか。

小箱に大好きだった小鳥の亡骸をずっと肌身離さずいたくま。一瞬ギョっとする場面が目に浮かびます。まわりの動物たちは「早く忘れなよ」とクマを心配します。でもやまねこは「そのことりは きみにとって だいじだったんだね」とひとこと。決して早く忘れなよ、亡骸なんて持ち歩くんじゃないよ、という他の動物たちとは違う視点で接してくれました。

やまねこがくまの気持ちを共感、受け入れてくれたことにより、次に進もうとするきっかけつくり、次への一歩への背中を押してくれたのではないか、私はそうこの絵本から感じ取りました。

私は自分だけの視点で、この絵本に対する紹介文を書き終えたくありませんでした。それは大切な人を喪った人の眼はこの絵本をどう感じたのか、知りたかったからです。私が一緒にお店を共同経営している相方、むっちは3年前に実母をガンで亡くしました。思い切ってこのコラムを書くにあたり「この絵本を読んでみてどう感じたか」聞きました(絵本の登場人物でいえば、クマ=むっち 小鳥=母 動物=友だち となります)。

以下むっちの言葉です。

くまにとってことりは唯一無二の存在であり、他に代わりはいないんだ。だから周りの動物たちに「忘れて前に進んだほうがいいよ」と言われても、何にも心に響かないしその必要もないと感じた。いくら周りの動物たちのなぐさめの言葉を聞いても、「ことりを失った」喪失感は消えないものだ。

やまねこの出会いで、やまねこが自分の気持ちを受容してくれたとか、共感してくれたとかそういう次元では片づけられないもの。一つ言えることは、やまねこに出会えたことで、小鳥をこれからも大事な存在としていいのだと心の中で思い続けることで、くまは前に進もうと思ったのではないか。

実際に大切な人を亡くした人の言葉には、重みがあります。経験した人にしかわからない喪失感、私にはどうがんばっても理解しがたいことだと痛感しました。私が軽々しく言える立場ではないのですが、むっちはお母さんの死から完全に立ち直ったとは言いえません。

普段みんなの前では明るく振舞っていても、言葉からは心の奥底から「まだ母さんのことを、思い出して悲しんでもいい時間が必要」なのだと訴えているような気がします。

この絵本に限らず、絵本というのは自分が今まで人生で経験した中から感じるものです。その人のバックグランドによって、とらえ方が異なると感じました。いつもコラムを書いていて思うのは、絵本の感じ方は人それそれであり、「私がこう思った」ということが正解ではないということです。だからこそ、私が書いているコラムへの賛否両論あっても当然だと思います。

どういった意図でその絵本がかかれたのか、作者にしかわかりません。またそれを、自由に感じ取ってほしいのが絵本であると思います。作家たちの短い文章と絵に込められた様々な感情を、自分の思いでくみ取ってほしい一冊です。

くまとやまねこ

文:湯本香樹実
絵:酒井駒子
出版:河出書房新社

福島出身。元保育士、夢の国の住人を経て、現在「絵本カフェ ムッチーズカフェ」の店長として、オーナーむっちと共同経営中。最近の口癖「ご縁って大事よね」。 ゆでたまごが好き。お店のTwitter の中の人。

このコラムについて

Mucchi’s Caféの【おとなの絵本教室】

絵本にはいろいろな魅力があります。よく考えてみると怖い話から、ほんとに人生に役立つ良い話まで。忘れた気持ちを思い出さしてくれる、おとなのための絵本を紹介します。