それは、真夏の暑い夜でした - 「浅草怪談ナイト」

かつての江戸の花街、浅草。そんな浅草の魅力を知り尽くした人々が集う「HASHIGO」と共に、夜の浅草を愉しむイベント「浅草怪談ナイト」を開催しました。

会場は、江戸時代に作られた「土蔵」があるカフェ「Gallery ef」。中に入ると、カフェの奥にはなんと「土蔵」があります。さて今宵の「浅草怪談ナイト」では、落語家の林家木久扇さんの8番弟子、林家きりんさんによる怪談「お菊の皿」と、奇談・笑談入り混じる夜の浅草を散策するという内容です。

今夜はスマートフォンもオフにして、怪談を聞きながら、浅草の街に染まってみることになりました。

18時過ぎ。どの建物にも明かりが灯り、街の表情はすっかり夜へと変わります。

ちらほらと参加者の皆さんが集まり、いつしか会場は人で一杯に。女性の姿が目立つものの、幅広い世代の人たちが集まり穏やかに談笑しています。また、艶やかな浴衣姿の女性も多く、店内は、華、華、華。

19時、いよいよ落語が始まりました。会場は暗転し、ミステリアスな雰囲気で満たされた土蔵の中に、三味線の音が鳴り響きます。それから“どろろろろ……”という怪談ではおなじみの太鼓の音が続き、皆テンションが高まります。

林家木りんさんと、一緒に、落語家の立川かしめさんが登場しました。

前座をつとめるかしめさんが、自身が体験した、“ひやり”としたエピソードについて語ります。

かしめさん:「大学卒業の記念に、友人数名とアメリカ旅行に行った時のこと。事前に国際免許を取得し、あちらこちらをレンタカーでドライブしながら、楽しんでいたんですね。アメリカのワイルドな空気感に触れるうちに、みんなだんだんとテンションが上がってきてしまい…。ハイウェイを運転していた時、目の前を巨大なタンクローリーが走っていました。ものすごくスピードを出していて、120キロはあったと思います。すると、誰かが悪ノリして『あのタンクローリー、追い抜こうぜ!』と言い出しまして。ハイテンションだった僕らは、『いいね!』と同意したんです。それで、タンクローリーを追い抜こうと、反対車線に移って車のスピードを上げていったのですが、あちらもハイスピードで走っているから、なかなか追い越せない。すると、目の前から対向車が。驚くほどの勢いで迫ってくるから、ギリギリ避けるのがやっとでした(笑)。おまけに、対向車に乗っていたドライバーは、すれ違いざま恐ろしい表情で『ファック・ユー!』と。」

一歩間違えば大惨事、というひやりとするエピソードですが、かしめさんのユニークな語り口調が、場の雰囲気を盛り上げます。さらにかしめさんは、自身と兄弟には“夢遊病”の兆候があることを告白。夜中に起き出して奇妙な行動をとり、家族を驚かせたエピソードについて語りました。

とそこで、

いよいよ本日の目玉である怪談話へ。演目は、日本三大怪談の一つとしても知られる「お菊の皿」です。

- お菊の皿 -

その昔、四谷に青山鉄山という武士がいた。青山家には、それそれは綺麗な奉公人のお菊が住んでいた。ある日、家宝である10枚組の高価な皿を、鉄山がお菊に命じて皿を持って来させたところ、10枚あるはずの皿が1枚だけなくなっていることに気がつく。皿を盗んだのではないか、とあらぬ疑いを着せられたお菊は井戸に吊るされ、最後は斬り殺されてしますが、実は皿を隠したのは、お菊に嫉妬した鉄山の仕業だった。成仏できぬお菊はやがて幽霊となり、毎晩井戸から這い出しては「1枚、2枚……」と声が聞こえた。

会場では、「1枚、2枚……」と皿を数えるお菊さんを演じる木りんさんの声は、おどろおどろしく臨場感たっぷりでも、なぜか笑い込み上げてしまいます。

木りんさんが、仰々しく皿を数えるお菊さんを演じますが、その仕草はユーモアたっぷり。「1枚〜、2まあ〜い、さんまあ〜い、、」と皿を数えるたびに、会場内は大きな笑いに包まれます。

こうして、大きな拍手と笑いともに演目は終了。ひやりとさせられつつも、ユーモアたっぷりな内容の落語に、皆さん満足した様子でした。

演目が終わり休憩を経て、参加者で浅草の街へと繰り出します。案内は、浅草が地元という木りんさんです。

まずは明治13年創業の老舗「神谷バー」へ。

木りんさん:「ここ『神谷バー』は、『電気ブラン』という珍しいお酒があることで知られています。とてもアルコール度数が高いため、2杯くらい飲むとベロベロに酔ってしまうのですが。ところで『神谷バー』の建物、古いと思いませんか? この建物は、東京大空襲を経てもなお残り、ここにあるんです。浅草でも、とくに歴史ある建物として重宝されています」

浅草の建物にまつわる奥深いエピソードを聞き、感慨深げにうなずく人の姿も。浅草に何度も訪れていたとしても、このようなエピソードを知る機会は、なかなか得られないものでしょう。

涼やかな風が通り過ぎるこの日は、まさに“散策日和”。夜ならではの美しい夜景を楽しみながら、次の目的地の浅草寺へと向かいます。

誰もがよく知る、雷門に吊るされた巨大な提灯も、夜はいっそう存在感が増すように感じられます。参加者の方々も立ち止まり、見入っている様子。ここで、木りんさんが雷門の歴史について話してくれました。

木りんさん:「雷門にかかっている提灯には、ある逸話があることをご存知でしょうか。『松下電気』の創業者として知られる、松下幸之助が病気にかかってしまった時、願掛けのため浅草寺をお参りしたのだそう。やがて病気が治ったため、感謝の意を込め、浅草寺に提灯を寄贈したと言われています。」

知っているようで知らない、提灯にまつわる逸話を聞いた参加者の方々は、感心したようにうなずきます。

次に訪れた浅草寺でお参りした後、みんなでおみくじを引きます。ここで、HASHIGOから吉田亜樹さんがおみくじを引く際の“作法”について教えてくれます。

吉田さん:「浅草寺のおみくじは、凶が多いことで有名です。すこし前になくなりましたが、以前は大凶のおみくじも混ざっていたそうですよ。ところで、凶を引くと、ついもう一度引き直したくなりませんか? でも、もう一度引くのはオススメしません。不思議と、もう一度凶を引いてしまうことが多いと言います。凶のおみくじを手にしたら、そこに書かれている戒めをきちんと読み、そして境内のしかるべき場所に結べば、大丈夫。笑いながら、清く正しく生活すれば、きっといいことが起こりますよ」

それぞれのおみくじを手にした参加者は、皆楽しそうにしています。

浅草神社でのお参りなどを経て、浅草神社そばにある「花川戸公園」へ。ここには、「姥ヶ池」と呼ばれる小さな池があります。池のほとりを中心に、周辺はほのかな光でライトアップされており、ロマンチックながらもやや怪しい雰囲気です。なんだか、今にも幽霊が現れそう。

池の近くには、区によって設置された説明看板が立てられています。ここに書かれているのは、「一つ屋伝説」と呼ばれるちょっと怖いお話です。

- 一つ屋伝説 -

古くは、この周辺は浅茅ヶ原と呼ばれていた。浅茅ヶ原のある一軒家には、老婆と娘が住んでいた。娘が旅人を連れ込み、家で丁重にもちなすものの、夜になると恐ろしいことが。寝入った旅人の頭を、老婆が石枕で叩き、殺してしまうのだ。こうして、殺した旅人の金品で私腹を肥やしていたものの、ある時、旅人の身代わりとなった娘を、知らずに殺してしまう。

ドラマチックにライティングされた浅草寺や浅草神社などを経て、最終目的地である吾妻橋一丁目付近に到着。 ユニークな形状のオブジェで知られる「スーパードライホール」を背景に記念撮影を行い、この日のイベントは終了しました。

イベントが終わってもその場を立ち去らず、参加者同士で話したり、木りんさんと記念撮影をする人の姿が目立ちました。誰もが今回のイベントを心ゆくまで楽しみ、そして浅草の街に魅了された証拠といえるでしょう。

夜の街の浅草。街に染み込んだ深い歴史にエピソード、さまざまな表情で、訪れる人々を楽しませてくれます。

偶然にもこの日は、浅草の名物イベント「浅草サンバカーニバル」が開催された日。木りんさん曰く、この日の浅草の夜の街は、“いつもよりもずっと賑やか”。雷門の前や仲見世通りは、人で溢れており、活気がありました。反対に、普段は夜になると人通りが減り、街は静けさに包まれるのだそう。仲見世通りの入り口に立つと、浅草寺の方までずっと見通せることがあり、その景色に、ハっとさせられる人も多いのだと話します。

夜の浅草の街は、ロマンチック。暑さが徐々におさまりつつある今は、街歩きに最適な季節です。心動かされる景色を探しながら、夜の浅草をのんびりと歩いてみませんか。

(写真協力/HASHIGO)

HASHIGOについて

「夜の浅草」を盛り上げるために、地元・浅草の有志3名で結成。

昼間は多くの観光客で賑わう浅草だが、18時を過ぎると人口は昼の半分以下となり、夜は1/5まで減少してしまうという現実に問題意識を感じ、「昼だけじゃなく、夜まで浅草で遊べるように」することを目標に活動を開始。夜の浅草を広く知ってもらえるよう「夜の浅草」を舞台にしたイベントを継続的に展開中。

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企画営業・編集

横浜生まれ、アメリカ西海岸育ち。西東京と東東京に住んだ今、逗子・鎌倉エリアに移住を検討中。晴れた日は、ピストバイクで都内をクルージング。趣味はロボットダンス。

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