【scene 04 ― 陽炎、東京リーディング】「その火を飛び越して来い」― 30 歳で本を読むこと

30歳になって、何を読もうかと迷う。いろいろな人生の罠が待ち構えている迷いがちな年齢で、つい安易なエッセーや自己啓発本を手に取ってしまいがちだけれど、そんなものは、コンビニで売っている雑誌の特集でいいし、第一、このもやもやした気持ちを打ち消す、そんな特効薬的な簡易な読み物なんてないと、心のどこかではわかっている。

公園で読書

けれど、それでもどこかにヒントがあるんじゃないかなって、わかりやすいキャッチフレーズに引っ張られてそんなものばかり読んでしまう。ネットの記事もそうなんじゃないか(ネット記事はただ消費されればいいの?)と内心思いながら、実はそれじゃダメだと、できればもっとしっかりしたいと思うこの頃。

人生。少し大げさだけれど、30年間生きてきて、自分の悩みを解決してくれるのはいつも周りで信頼している誰かが書いた「ことば」だったと思います。

これまで、「これよ!」「これがあなたの進むべき道よ!」ってはっきり言ってくれるものを読んでいたけれど、悩みなんてそう簡単にハレないし、そんな簡単なことじゃないんだなって、気づいたりして。だから、物語や小説は少し縁遠かったんです。

でも、「読むこと」という特集企画になり、実際にいままで読んで見たことのない、はじめからわかりづらい(と言われている)本を読んで、それでもわからなければそれもいいなと思いつつ、本屋へ向かいました。

本屋で手に取ったのは、フランス文学の巨匠、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」。開始10ページくらいで断念してしまい、これが私の限界と知りました。

プルースト 失われた時を求めて

〔画像引用元:Amazon

気を取り直して出かけました。再び本屋に寄って、京急線に乗って三浦海岸へ。移動する電車の中やカフェで読んだのが、これもまた私が読んだことのなかった三島由紀夫の「潮騒」。

友人が三島由紀夫の大ファンでいつも話には聞いていたし、その名を知らない人はいない、けれど私は読んだことがない。そんなに読め読めと勧められるならと流れに流されオレンジ色の背表紙がかわいい新潮文庫を手に取りました。

三島由紀夫 潮騒

〔画像引用元:Amazon

「潮騒」は、三島由紀夫が29歳の時に発表した作品。実はアラウンドサーティーでした。

4年とちょっと前。halettoの立ち上げをしていて、お世話になった上司によく注意されていた。社会人3年目だった私は、一緒にhalettoを作ってくれた外部の開発チームや社内で助けてくれた先輩に対して、ありがとうの気持ちが足りない、とよく怒られた。

そんなことなかったし、ちゃんと口でありがとうと言っているつもりだった。だから、うるさいな、言われなくてもわかってるよ、という反発しかなかった。でも、今になって、その時の上司が言いたかったことがわかってきたような気がする。

 

- 潮騒 -

舞台は人口1,400人の周囲一里に満たない、小さな島。寡黙で家族思いの青年・新治と、島で一番のお金持ちの照吉の愛娘・初江の恋の物語。

新治は父親がいない。弟と一緒に母親の女手ひとつで育てられ、決して裕福ではないが漁師仕事にも一所懸命に幸せに暮らしていた。やがて、島にやってきた初枝に恋をする。貧しさからも照吉に反対をされる。おまけに世間知らずで自分が一番の傲慢・安男に初江をとられそうになる。様々なトラブルに見舞われながら、周りの助けもあってやがて2人は結ばれたのだった。

出版から60年以上経ったいまも色あせぬ、青春ラブストーリー。要所要所で、安男め! とか、きゃー、新治がんばってー! とテレビの前で応援しているような気分で読み進め、ドラマを一気に見切った気分。ハッピーエンドにほっと一息ついて。改めて見返して気付いたことがあった。

それは、恋敵・安男を除き、みんな「仁義」「礼儀」「男気」を貫いていること。

主人公二人はもちろんのこと、周囲の人間もすべて。母親は、新治が初江のことであらぬ疑いをかけられ、島中で陰口をたたかれたときも、誰よりも息子を想い、自分の辱めや怖さなどはものともせず、息子を守る。新治に恋心を寄せるながら、新治にあらぬ噂を立てた千代子は、自分の犯した罪の意識に苛まれ、それを母親に打ち明ける。貧乏だからと新治を信用しなかった初江の父親も、嵐のなか、危険な漁に立ち向かっていく新治の気力を認める。みんなが皆、決してよくできた人間ではないけど、ただ自分自身の良心に従った純粋さに、私は心打たれてしまいました。

京浜急行電鉄

三浦海岸行きの列車の中

三崎海岸

三浦海岸

喫茶店 穂高

御茶ノ水の喫茶店「穂高」でアイスコーヒーを

改めて自分に置き換えて考えると、こんなに誰か相手のことを第一に考え、動いてきたかな、と恥ずかしくなってしまいました。

プライベートも…。仕事も…。チームや周りの仲間のことより、自分がどう成長できるかとか、そんなことばっかり考えていました。ふと、自分は、安男だった、と思いました。

安男を手放しで、いやなやつ! といえない自分が悲しく、たとえ相手がどんな立場でも、認め、信じて、守る、感謝する気持ちは自分の「行動」に表れてこそ初めて相手に伝わるものなんだぞ、ということがきっと4年前の私の上司は言いたかったんだと想いました。

駅

藤沢駅

新治が師匠に言われた言葉が印象的でした。

「正しいものが黙っていても必定勝つのや。正しいものが結局強いのやよって」

正直に、正しく、仁義と礼節を守り、男気あふれる人は魅力的です。女性でも同じだと思います。私はまだまだ恥ずかしいほどあまちゃんでした。

「初江!」

とその若者が叫んだ。

「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」

少女は息せいてはいるが、清らかな弾んだ声で言った。

私にとってこの「火」はなんだろう。勇気を出さないと越えられない壁。飛び越えたあとにきっと待っているもの。どうしても謝りにいけないあの人やあまり連絡できていない両親、友人たち。30歳。人波に流され、遠くに来てしまった自分がいました。

 

青島

宮崎県青島

「読むこと」。知らない本を読み、それを映し鏡にして自分と向き合う。そう、自分と向き合い、これからの私を想像する。そうすると、少しハレな気分になれる気がします。

失われた時を求めて(1)― スワン家のほうへI

著:プルースト
翻訳:吉川一義
出版社:岩波文庫刊

潮騒

著:三島由紀夫
出版:新潮文庫刊

編集長・プロデューサー

仙台生まれ。好奇心旺盛。週末、街歩きしながら外でビールを飲むことに至福を感じる。好きな街の種類はこじんまりした居酒屋がある場所。口癖は「なんとかなるさー」。最近、山ごはんに興味津々、みんなの親分。

この特集について

陽炎、東京リーディング

暑かった日々も過ぎ去りました。夜風はふいに冷たく、少しずつ秋を感じる、まるで風邪の治りかけのようにぼんやりしていた視界が、急にピントがあってきたような季節です。秋雨降る街を眺めながら、ふと、交差点に咲く色とりどりの傘に美しさを感じます。 センチメンタルな気分。今年も残り三分の一だと思うと、「今年はなにしたかな」「去年の今頃はどこにいただろう」とつい振り返ってしまうこともあります。そんな時、なにかを映し鏡にして、街のどこかに、自分の輪郭を探したくなります。 「読むこと」で自分の今を知る。空を読む、街を読む、本を読む、手相を読む、歌を読む。いろんなことを読み解いて、2017年の今を愉しみます。さぁ、街に出て歩きましょう。