【scene 04 ― 爽快、東京ハイク】トーキョー・リトルフジ巡礼ツアー

富士山は、日本人にとって特別な山。「一生に一度は登ってみたい」なんて言葉もよく耳にします。

東京都心から富士山までの距離は約100キロ。普段、東京で暮らしていて富士山の存在を意識することは滅多にありませんが、実は、現在のように高層ビルが建ち並ぶ以前の東京では、至るところから富士山を眺めることができました。特に、江戸の人々は富士山を愛し、江戸時代後期には「富士講」という富士山信仰サークルも大流行したのだそう。

かつて、今よりもずっと身近な存在だった富士山。その面影を残している場所が都内にいくつもあると聞いて、街へと繰り出しました。

東京にいながら富士登山気分が味わえるかも。そんな期待を胸に、トーキョー・リトルフジ巡礼ツアーのスタートです。

【品川富士 - 品川神社】

京急沿線で育った私にとって、ずっと気になる存在だった品川神社。快特電車が品川駅に到着する少し手前で車窓から眺める品川神社は、なんだか、ほかの神社とはちょっと違った雰囲気を放っていたから。

異色とも言える存在感の理由は、神社の左手に見える、ゴツゴツした小高い岩山でした。「あれはなんなんだろう」と幼い頃から思っていましたが、「品川富士」と呼ばれる富士塚なのだと知って納得! 今回のツアーは、品川富士からはじめることにします。

富士塚とは、富士山を模してつくられた小山や塚のこと。電車やバスのなかった時代、江戸から富士山へのお参りは徒歩で何日間もかけて行われる、まさに「一生に一度」の行事でした。富士山を信仰する誰もが富士山に登れるわけはなく、日常における信仰の場としてつくられたのが富士塚です。品川富士は、「江戸七富士」と呼ばれる7つの富士塚にも選ばれています。

新馬場駅で降り、北口から歩いて3分。左右それぞれに龍が彫られた立派な鳥居が現れました。双龍鳥居はとても珍しく、都内には、品川神社以外にあとふたつしかないのだそう。鳥居をくぐり、石段を中ほどまで登ると、左手にまた鳥居が。

鳥居の足下には、「登山道」と刻まれた石があります。どうやら、ここが品川富士の入口のようです。いざ、本日1回目の富士登山へ。

岩に囲まれた石段の両脇に、次々現れる「一合目」「二合目」「三合目」の標石。石段を登りきったところが五合目です。

ここから、登山は少しハードに。いよいよ、電車からいつも眺めていたあの岩山に登ります。

山の斜面につくられた道は狭く、ちょっと気を抜くとバランスを崩しそう。夏の日差しが照りつける中、山頂を目指し一歩一歩、注意深く進みます。ぶわっと吹き出す汗。また次々と現れる標石。八合目、九合目、そして山頂!

わずか数分間の富士登山でしたが、この臨場感は侮れません。山頂からは、眼下の国道1号線を行き交う車と、京急線の高架がよく見えます。夏の青い空によく映える「赤い電車」はなかなかの絶景でした。

登ってきた道とは反対側の登山道から下山すると、そこは、品川神社の境内。富士塚に寄り添うように浅間神社もありました。

浅間神社は富士山信仰の神社で、関東や東海には「浅間」の名を冠した神社がいくつも残されています。お社を守る狛犬の台座にも、どこかかわいらしい富士山が彫られていました。

今日一日の旅の安全を祈願したら、次の目的地へと向かいます。

【下谷坂本の富士塚 - 小野照崎神社】

品川富士も含まれている「江戸七富士」の中には、重要有形民俗文化財に指定されているものも。そのうちのひとつ「下谷坂本の富士塚」は、入谷駅からほど近い、小野照崎神社の敷地内にあります。

下谷坂本の富士塚がつくられたのは、幕末の文政11(1828)年。塚を覆う岩は、なんと、富士山から運ばれてきた溶岩なんです。つくられた当時の姿をほぼとどめていることから、重要有形民俗文化財に指定されました。

境内に入り、富士塚を探していると庚申塚を発見。

庚申は「かのえさる」とも読み、庚申の年とは、60年に1度訪れる申年のことです。富士山には、庚申の年に一夜にして現れたという伝説があり、江戸時代に富士山が描かれたお札には、一緒に猿も描かれていることが多いんです。

庚申塚のお猿さんにお参りをして、再び富士塚を探します。すると、敷地の奥まった場所に朱色の門が。その向こうに、緑と苔に覆われた富士塚が見えました。

下谷坂本の富士塚に登れるのは、お山開きが行われる6月30日と7月1日だけ。その2日間以外は、残念ながら門が閉ざされています。門の左右には、狛犬ならぬ狛猿が。拝むポーズがなんともキュートです。

小野照崎神社には何匹のお猿がいるんだろう。そんなことを考えていたら、人懐っこい猫と遭遇。庚申塚がお気に入りの場所のようです。

「犬猿の仲」なんて言葉もありますが、猫と猿は仲がいいみたい。
すっかり和んで長居してしまいましたが、リトルフジ巡礼は、まだまだはじまったばかり。

【富士山型のトイレ - 富士公園】

次に向かったのは浅草駅。浅草富士浅間神社のすぐ近くに、ちょっと風変わりなリトルフジがあるのだそう。目的地に近づくにつれ、子どもたちの遊ぶ声が耳に届きます。その名も「富士公園」内に、お目当てのものはありました。

公園の隅で存在感を放つ山型の建物は、実は、富士山を模したトイレなんです。

富士山と言うには少し尖ったかたちですが、そこはご愛嬌。トイレの向かい側にも、富士山のように盛り上がった石畳がありました。

子どもたちに怪しまれながらも登ってみると、頂上に記されていたのは、十二支による方角と、富士山までの距離。

105キロ先にある富士山に思いを馳せながら、もう少し、富士公園内を歩いてみます。

砂場の前にある富士山が描かれた台は、夏休みに使われるラジオ体操台なのだとか。富士公園は小学校に隣接していて、その小学校の名も「富士小学校」。富士小学校に通い、富士公園で遊び、富士公園でラジオ体操をする子どもたちにとって、たとえ登ったことはなくても、富士山は生活の一部なのかもしれませんね。

富士小学校の生徒たちは、地域では「富士っこ」と呼ばれているのだそう。元気な富士っこたちに心の中で別れを告げ、富士公園をあとにします。

【喫茶フジ - ニュー新橋ビル】

3つのリトルフジを巡り、そろそろお腹が空いてきました。ひと休みするため、向かったのは新橋駅。SL広場に隣接する「ニュー新橋ビル」は、古きよき昭和の雰囲気を色濃く残す複合施設です。

地下1階の「喫茶フジ」も、純喫茶好きにはたまらない昭和レトロスポットのひとつ。ショーケースに並べられたメニューサンプルがノスタルジーを誘います。

お店に入ると、まず目に入るのは、奥の壁に掲げられた巨大な富士山パネル!

喫茶店に富士山。突拍子もない組み合わせのように思えますが、パネルから一番近い席に座ってみると、エアコンの涼風が富士山からの風のように感じられ、意外と居心地がいいことにビックリ。富士山がデザインされたうちわが各テーブルに置いてあるのもうれしい気遣いです。

悩んだ末に、キーマカレーのセットを注文しました。スパイスの刺激と野菜の甘味が、歩き回って疲れた身体に沁みます。セットのコンソメスープとポテトサラダも飾らないおいしさです。

美しく雪化粧した雄大な富士山を眺めながらカレーを口に運んでいると、だんだん、富士山の山小屋でカレーを食べているような気分に。学生時代にスキー場で食べたカレーのことも思い出しました。

食後のホットコーヒーが注がれたカップは、うちわと同じデザインの立体ロゴ入り。

陶器に浮かび上がる富士山と「Fuji」の書体がかわいくて、「このカップセット、売ってたらほしいな」なんて思ってしまいました。

【日暮里富士見坂 - 西日暮里】

しっかりエネルギーをチャージしたところで、次に向かったのは西日暮里駅。「日暮里富士見坂」と呼ばれる見晴らしのいい坂道から、富士山が見えることがあるのだとか。

運がよければ、本物の富士山が拝めるかも。期待しつつも、次第に怪しくなっていく雲行き。富士見坂へと至る道を登っている間に、ポツポツと雨が当たりはじめてしまいました。

たどり着いた富士見坂は、マンションとお寺に挟まれた狭い坂道でした。「関東の富士見百景」にも選出されているようですが、坂の入口に設置されている案内板によると、最近では高層マンションの建設が相次ぎ、以前のようには富士山は見えなくなってしまっているとのこと。

かつての眺望を想像しながら、ゆっくりと坂を下っていきます。石畳とレンガの壁、そして、富士山モチーフの街灯がモダンな印象です。街灯が灯りはじめる夕暮れ時も絵になりそう。

ときに立ち止まったり、振り返ったりしながら坂を下っている間にも、ご近所の方々が頻繁に行き交います。ここは、富士山の見える見えないに関わらず、地域の人々の生活に根ざした坂なのですね。

上から

下から

それでも、よく晴れた冬の早朝には、建物の隙間から「すきま富士」が拝めるのだそう。次に来るのは、天気がいいときにしよう。そう心に決め、本降りになる前にと、足早に最後の目的地へと向かいます。

【さくら湯 - 東高円寺】

リトルフジ巡礼のゴールに設定したのは、東高円寺駅から歩いて約10分ほどの老舗銭湯「さくら湯」さん。一日でかいた汗を流して締めよう! という目論見です。

直前で雨に降られてしまったのは予想外でしたが、濡れてしまった身体をあたためられるのはうれしいので結果オーライ。まっすぐ空へと伸びた煙突を見つけた途端、ワクワクしてきてしまいました。

脱衣場には、昔ながらの松竹錠がついたロッカーやマッサージチェアーが。壁に取りつけられた扇風機がいい味を出しています。

いざ、お風呂場に足を踏み入れると、目の前に見事な富士山のペンキ絵。男湯と女湯にまたがった、横に広いペンキ絵です。描かれているのは、銭湯のペンキ絵の中ではスタンダードな、西伊豆からの富士山。男湯との仕切りに描かれた、風車と牧場のタイル画も見逃せません。

スーパージェット風呂の刺激が、凝り固まった筋肉をほぐしてくれます。高い天井を仰ぐと、視界に入る富士山。富士山に見守られていると思うと、心もほぐれていくような気がするのはなぜなのでしょうか。

東京にあるちいさな富士山は、私たちの日常の中にある富士山。少しアンテナを張ってみれば、今でも、町中のいたるところでその存在を感じることができるのかもしれません。

「一生に一度」の富士登山に挑戦する日はまだまだ遠そうですが、富士山との距離が、ぐっと縮まったような気がする一日でした。

品川神社

東京都品川区北品3-7-15
アクセス:京浜急行「新馬場」駅 徒歩約3分
社務所受付時間:9:00-17:00
TEL:03-3474-5575

小野照崎神社

東京都台東区下谷2-13−14
アクセス:東京メトロ日比谷線「入谷」駅 徒歩約3分、JR「鴬谷」駅 徒歩約7分
常時参拝可能
TEL:03-3872-5514
http://onoteru.or.jp/

富士公園

東京都台東区浅草4-47-2
アクセス:つくばエクスプレス「浅草」駅 徒歩約10分
東京メトロ銀座線・都営地下鉄浅草線・東武スカイツリー線「浅草」駅 徒歩約15分

喫茶フジ

東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビル
アクセス:JR・東京メトロ銀座線・都営地下鉄浅草線・ゆりかもめ「新橋」駅 烏森口よりすぐ
営業時間:月-金 9:00-20:00/土 9:00-18:00
定休日:日曜・祝日
TEL:03-3580-8381

日暮里富士見坂

東京都荒川区西日暮里3-7
アクセス:JR「西日暮里」駅 徒歩約10分

さくら湯

東京都杉並区和田3-11-9
アクセス:東京メトロ丸ノ内線「東高円寺」駅 徒歩約10分
営業時間:15:30-24:00
定休日:木曜
TEL:03-3381-8461

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この特集について

爽快、東京ハイク

今年も暑い夏がやってきました。東京の気温も37度を超えて都心は灼熱地獄。街を歩けば、すこしでも涼しい方へと緑豊かな木陰へ足が向かいます。 東京の中心は皇居です。大手門から東御苑に入ると旧江戸城の本丸に続く坂道で、本丸跡から望む丸の内...

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