【scene 01 ― 爽快、東京ハイク】「あぁ、絶景かな」都会で登るちいさな山

登山の醍醐味と言えば、豊かな自然や清々しい空気、頂上から望む絶景、そして、登頂の達成感。登山好きの人に話を聞くと「いいなぁ」と思うのですが、「体力なし・根性なし・装備なし」の初心者には、いきなりの本格的な登山はなかなかハードルが高いのです。

気負わず、気軽に、気楽に。思い立ったときにフラっと登りに行けるような山があれば。そんなことを考えていたら、うってつけの「山」を見つけました。

平均標高、わずか27メートル。3つの「都心のちいさな山」に、いざ登頂です。

【愛宕山 - 愛宕神社】

ある晴れた登山日和。最初に向かったのは、港区の「愛宕山」です。標高は25.7メートルで、23区内の天然山としては一番高い山なのだとか。

虎ノ門駅より、高層ビル立ち並ぶオフィス街を進んでいきます。天高くそびえ立つ愛宕グリーンヒルズの迫力(最上階の高さは180メートル!)に圧倒されながら、歩くこと約10分。「愛宕神社参道」と書かれた案内板と階段、そして、見るからに相当古いトンネルが現れました。

愛宕神社は、愛宕山の頂上にある神社です。徳川家康の命により、江戸の防火を祈願するためにつくられました。トンネルには「愛宕隧道」と刻まれています。この愛宕隧道、実は、愛宕山を堀り抜いた23区内唯一の山岳トンネル。竣工は1930年で、ほぼ当時のままの姿を残しています。照りつける真夏の日差しの下、トンネルの涼しげな雰囲気に吸い寄せられるように中へ。ひとまず、向こう側に渡ってみることにします。

トンネルを抜けると「愛宕山エレベーター」と書かれた建物が目に入りました。どうやらこのエレベーターで、頂上まで行けてしまうようなのです。「エレベーターで登っても登山と言えるの?」なんて一瞬、迷いましたが、今回は、都会でのゆるゆる登山。エレベーターを使うのだってアリなはず。

エレベーターを降りると、目の前には、生い茂る緑の木々に囲まれた通路。さながら緑のトンネルです。愛宕山はNHK発祥の地でもあり、すぐ右手にNHK放送博物館がありました。左手へ歩いていくと、愛宕神社の入口が。この神社の中に、愛宕山の三角点、つまり最高点があるはずです。いざ境内へ。

休憩所で売られているかき氷に惹かれつつ、まずはお参りをしましょう。こんもりと茂った木々が境内に日陰をつくってくれているからか、地上よりも涼しい気がします。本殿でお参りを済ませ、振り返ると、そこには大きな鳥居がそびえ立っていました。

鳥居越しに見る高層ビル街は、さっきまで歩いていたはずなのに別の世界のように感じられます。しばらくその場に佇んでいると、次々に鳥居をくぐってやってくる、シャツにネクタイ姿のサラリーマンたち。忙しい仕事の合間、標高25.7メートルの都会のオアシスで、ほっと一息つくのでしょうか。

サラリーマンたち以外にも、鳥居をくぐってやってくる人は、みんな息が上がっています。それもそのはず、愛宕神社の一の鳥居は「出世の石段」を登りきった場所にあるのです。出世の石段は86段、傾斜はなんと40度。かなりの急勾配で、上から下を見下ろすと少しヒヤっ。ふもとにある赤い鳥居は、愛宕神社の大鳥居です。

出世の石段にはその名の通り、登ると出世するという伝説があります。たくさんのサラリーマンたちが愛宕神社に訪れる理由は、この石段にもあるのかも。

出世の石段は、男坂とも呼ばれています。「もしかして女坂もあるんですか?」と、社務所の巫女さんに伺ってみました。すると、予想は大当たり。男坂の奥、ふもとの大鳥居へと斜めに伸びる女坂は、男坂よりゆるやかで登りやすそう。

三角点の位置も、巫女さんに教えていただきました。23区内の天然山最高地点を、しっかり確認してから下山します。せっかくなので、出世の階段をゆっくりと下っていくことにしました。ちゃんと登った人ほどでなくても、ほんのちょっとだけでも「出世」のご利益があればいいな、なんて思いつつ。(後日調べてみたところ、出世の階段を下るとむしろ運気が下がるという説もあるようです…残念!)

【待乳山 - 待乳山聖天】

エレベーターを使用して体力を温存した理由は、まだ2つ、制覇すべき山が残っているから。次に向かうのは、台東区の「待乳山」です。愛宕山には神社がありましたが、待乳山は「待乳山聖天」というお寺になっています。

浅草駅で降り、隅田川沿いの道をまっすぐ歩くこと約15分。短い階段を登って、待乳山聖天に足を踏み入れます。こじんまりした赤い鳥居をくぐると、また短い階段が。階段の両サイドに、かわいらしい大根と巾着が彫られていることに気がつきました。一体、どんな意味があるのでしょう。少しお話を伺いたくなって寺務所に向かうと、入口でお供え用の大根が売られていてビックリ。

寺務所の方に伺ったところ、待乳山の標高は10メートル。愛宕山が23区内で一番高い天然山であるのに対し、待乳山は、23区内で一番低い天然山なのだとか。寺務所のある場所からさらに階段を登ったところが標高10メートル地点で、「本堂の裏に三角点もありますよ」とのこと。

肝心の大根と巾着はと言うと、大根は二股大根で、夫婦和合、無病息災、子孫繁栄の象徴。巾着には砂金が詰まっていて、商売繁盛を象徴しているのだそう。お礼を言って寺務所を出ると、人力車のお兄さんがカップルを境内に案内していました。「縁結びの神様としても人気なんだな」と納得しつつ、お供え用の大根を手に、頂上を目指し階段を登っていきます。

本堂やそのまわりにも、大根と巾着のモチーフがそこかしこに散りばめられています。本堂の中は、独特の凛とした雰囲気です。綺麗に積まれた大根の上に先ほど買った大根を供え、とりあえずは無病息災を祈願しておきました。

本堂の周囲をぐるりと一周していると、「さくらレール」なるモノレールを発見。乗りたいときに自由に動かしていいという、変わり種のモノレールです。モノレールで頂上まで行けるなんて、「山」としてのインフラがかなり整っていますね。次に待乳山に登るときには、ぜひこのモノレールを使ってみたいと思います。

【箱根山 - 戸山公園】

最後に向かうのは、新宿区の戸山公園内にある「箱根山」です。標高は44.6メートルと、愛宕山や待乳山と比べると少し高いですが、実は天然の山ではなく、人の手によってつくられた山です。「山手線内最高峰の人造山」と称されることも。

箱根山というネーミングの理由は、実際の箱根山に見立ててつくられたから。その歴史は、江戸時代にまでさかのぼります。戸山公園一帯は、かつて、尾張藩徳川家の回遊式庭園でした。庭園の中には各地の名所を模した25の景色がつくられ、箱根山も、そのうちのひとつだったと言われています。

早稲田駅から、大量の学生たちの波に呑まれながら歩くこと約10分。「箱根山通り」と書かれた案内板が現れました。矢印に従い左に曲がると、戸山公園の入口が。箱根山は、広大な公園敷地内の真ん中あたりにあるようです。お散歩中のご近所の方々と幾度もすれ違いながら、公園の奥へと進んでいきます。

ところどころにある広場には遊具が置かれ、子どもたちの遊ぶ声が耳に届きます。公園の入口から5分ほど歩いて、箱根山北入口へとたどり着きました。いよいよ、登山スタートです。

うっそうとした緑の中、頂上へと伸びる登山道。一歩一歩、進むたびに登山気分が高まります。今日は、ゆるゆる登山のつもりだったけど、箱根山に限ってはひとつレベルを上げて「ハイキング」と言ってしまってもいいのでは。

そんなことを考えながら登っていたのですが、わずか3分ほどで頂上が見えてきて「やっぱりゆるゆるだな」と考えを改めました。もちろん、登山初心者的にはそれでOKです。

微妙にカーブした階段を登りきると、そこは山手線最高峰。「標高44.6m」と刻まれた三角点もありました。生い茂った木々に視界を遮られ、ふもとはあまり見えませんが、なんだか空は少し近い気がします。

展望台のようになっている頂上の中心にはベンチが。おにぎりのひとつも持ってくれば、素敵なピクニックができそうです。ただし、夏場に足を運ぶ際には、虫除けスプレーを持参することをおすすめします。

戸山公園内サービスセンターまで行けば、箱根山の登頂証明書がもらえるのだとか。正直、かなり心惹かれましたが、次の機会まで取っておくことにします。

下山の途中で、戸山公園は、大きな団地群に隣接しているのだと気がつきました。今回登った3つの山に共通していたのは、地域の人々の生活に密着した「憩いの場」であるということ。山に登ると不思議と心が休まるのは、日本人のDNAゆえなのでしょうか。自分の中にも、それを強く感じました。

愛宕山@25.7メートル

東京都港区愛宕1-5-3
アクセス:東京メトロ日比谷線「神谷町」駅 徒歩約5分
東京メトロ銀座線「虎ノ門」駅 徒歩約8分
都営三田線「御成門」駅 徒歩約8分
社務所受付時間: 9:00-17:00
TEL:03-3431-0327
http://www.atago-jinja.com

待乳山@10メートル

東京都台東区浅草7-4-1
アクセス:東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武スカイツリー線「浅草」駅 徒歩約10分
開堂時間:6:00-16:30(4-9月)・6:30-16:30(10-3月)
※元旦は午前0時に開堂
TEL:03-3874-2030
http://www.matsuchiyama.jp

箱根山@44.6メートル

東京都新宿区戸山1・2・3丁目、新宿区大久保3丁目
箱根山地区へのアクセス:東京メトロ東西線「早稲田」駅 徒歩約10分
JR山手線「新大久保」駅 徒歩約25分
都営地下鉄大江戸線「若松河田」駅 徒歩約15分
開園日:常時開園
TEL:03-3200-1702(戸山公園サービスセンター)
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index002.html

新潟県生まれ、神奈川県育ち。下戸ですがおいしい食べ物には執着するタイプ。動物園と水族館と古い建物が好きです。出先で団地群など「昭和」を感じる風景を見つけるとつい立ち止まってしまいます。

この特集について

爽快、東京ハイク

今年も暑い夏がやってきました。東京の気温も37度を超えて都心は灼熱地獄。街を歩けば、すこしでも涼しい方へと緑豊かな木陰へ足が向かいます。 東京の中心は皇居です。大手門から東御苑に入ると旧江戸城の本丸に続く坂道で、本丸跡から望む丸の内や新宿の摩天楼は、近いようで遠い、遠いようで近い不思議な眺望が愉しめます。 一見、平坦な東京の街。実は、緩やかにかつダイナミックに山や谷が連なって大きな起伏が続く面白い地形をしています。標高12メートルの山なんてのもあります。富士塚、富士見坂、山ごはん、ハイキング、そんな東京の夏を知る、色々な「山」を紹介します。なぜ山を登るのかって? - そこに山があるからさ!