【墓地女が行く!】② ― 谷中霊園に眠る「高橋お伝」

明治時代、最後の斬首刑に処された女性が都内に眠っていると聞き、訪ねてみました。訪れたのは台東区谷中の谷中霊園。JR日暮里駅南口から左に進み、趣ある階段をのぼってしばらく道沿いに歩くと、静寂に包まれた墓地が現れます。

桜の名所としても有名な谷中霊園。霊園中心の通りでは青々と葉を茂らせた桜並木が、涼しい木陰をつくっていました。幸田露伴の小説「五重塔」のモデルとなった五重塔跡を通り過ぎ、そのまままっすぐ歩くと、左手に目的のお墓を見つけました。

今回、お会いしに来たのは、江戸から明治を生きた高橋お伝のお墓。歴史の教科書に登場するような有名人ではありませんが、日本で最後の斬首刑に処されたと伝えられている人物です。

お伝の罪状は殺人でした。生活力のない夫だった小川市太郎との生活資金を工面するため、知人の古物商の後藤吉蔵に借金を依頼したお伝は、「一夜を共にする」という条件を泣く泣く飲んで吉蔵と同衾します。しかし、翌朝になり「金は貸せない」と手のひらを返した吉蔵にお伝は勢い余ってことを起こします。お伝は吉蔵の喉を切り殺し、その罪で首をはねられたのです。

現在の群馬県に生まれたお伝は、2度の結婚と離婚を経て市太郎と出会いました。やっとのことで幸せをつかんだはずでしたが、彼の放蕩な性格が災いして吉蔵の殺害につながってしまいます。さらにお伝はこの後、男を翻弄し多くの悪事を働いた「毒婦」として戯曲などの題材になり、明治の世に、その間違ったイメージを広められてしまいました。

お伝が吉蔵を殺してしまったことは事実です。ただ、その裏にあった彼女の思いや人物像がねじ曲げられ、軽々しいエンターテインメントにされてしまったことが、悲しくて仕方ありません。

谷中霊園のお墓は正確には「墓碑」で、彼女のお骨は南千住の回向院に埋葬されています。この墓碑は戯曲家の仮名書魯文によって建てられたもので、お伝を題材にした作品がヒットした記念に建立したそう。

墓前には鮮やかな花が供えられていました。谷中霊園の船越稔充さんが、お伝のお墓について教えてくれました。

船越さん:「実は近所の方が頻繁に墓参りに来て、花を供えているようなんです。彼女の境遇に共感した方なのかも知れません。また、なぜなのかはわからないのですが、『お伝の墓参りをすると三味線がうまくなる』というジンクスもあり、国内外問わず多くの方々が訪れているんですよ」

私が立ち去った後も、女性二人がお伝の墓の前で足を止め、静かに手を合わせていました。

ふと墓の前に立つと、お伝の三味線が聞こえてきそうです。

高橋お伝とされる写真。別人との説もある。

【参考文献】
『毒婦伝説―高橋お伝とエリート軍医たち』大橋義輝共栄書房、2013年)
『事件・犯罪を知る本――「高橋お伝」から「秋葉原通り魔」まで』(日外アソシエーツ株式会社、2009年)

谷中霊園

住所:東京都台東区谷中7-5-24
TEL:03-3821-4456
営業時間:8:30-17:15
定休日:年末年始

ライター

埼玉県生まれ、群馬県育ち、東京都在住の関東人。エジプト、トルコ、ギリシャ界隈の歴史が大好きな世界史系歴女。シャーマニズム、古今東西の墓文化、ハロウィーンなどミステリアスなものにも惹かれる。