【scene 02 ― 東京真夏のミステリー】ここは、トーキョー・ステーションネーム・パラダイス!

たとえば、通い慣れたいつもの路線で。たとえば、誰かに会いに行くためにはじめて乗った路線で。降りたことのない駅の名前が、ふと気になったことはありませんか。

東京は混み混みしているようで、一駅変われば違う風景があります。それは、そこある文化だったり、そこにいる人だったり。そこに降りた、自分だったり。

そもそも読み方が分からなかったり、カタカナ混じりでスタイリッシュだったり。そんな、通りすぎるだけで終わるのはもったいない、不思議な引力のある「名前」を持つ、5つの駅に降りてみました。

初夏の曇り空の下、東京の「なんだか気になる駅名トリップ」、スタートです。

 

1.京浜急行線「雑色」駅

最初に降り立ったのは、京浜急行線「雑色」駅です。初見で、正しく読める人はほとんどいないのでは。「ぞうしき」と読みます。字面も読みも、無骨でかっこいい。

西口を出ると、ほどなくして商店街の入口が現れました。「ZOSHIKI ARCADE」とレタリングされた看板に描かれているのは、レトロファンシーなゾウのキャラクター。もしかして「ぞうしき」だから「ゾウ」? 無骨な印象とのギャップに胸がときめきます。これが、ギャップ萌えというものなのでしょうか。

かわいらしいゾウさんは、商店街のフラッグなど、そこかしこで愛嬌を振りまいています。このゾウさんのグッズがあるなら欲しい、なんて思いはじめたところで、肉屋さんの店頭で売られている、おいしそうなハムカツを発見しました。では、ここはひとつ、食べ歩きといきましょう。

サクサクの衣と分厚いハムを堪能しながら、活気ある商店街を抜け、線路沿いのせまい道へと進みます。目指すは、西六郷公園こと「タイヤ公園」です。

その名のとおり、タイヤだらけの公園で私を待ち受けていたのは、広場中央にどん、と鎮座する恐竜でした。黒々としたボディは、もちろんタイヤ製。なんと、足から頭までの高さが8メートル、頭からシッポまでの長さが20メートルという大きさです。小さい子は怖がって泣くんじゃないか、と思ってしまうくらい、異様な存在感と迫力を放っています。

そんな私の心配をよそに、公園は、子どもたちの無邪気な声であふれています。大きなタイヤの穴に潜ったり、公園をぐるりと取り囲むように埋められたタイヤの上を、バランスをとりながら歩いたり。笑顔でタイヤと戯れる姿は、みんなとても楽しそう。

私も真似してタイヤの上を歩いてみたのですが、思っていたより足場が不安定で、すぐにバランスを崩してしまいました。残念ながら、子どもたちの身軽さにはもう敵わないみたい。

もう1度、よーく見てみた恐竜は、意外とトボけた表情をしていました。これなら、怖がられていないのも納得。タイヤ恐竜と、滑り台の奥が持ち場のタイヤロボにも別れを告げ、次の目的地へと向かいます。

2.東急大井町線「九品仏」駅

次に降り立ったのは、東急大井町線「九品仏」駅。なにやら、歴史を感じさせる文字の並びです。「くほんぶつ」と読みます。こちらも、初見で正しく読むのは相当難しいですね。

九品仏駅のホームは短く、電車の4両分しかありません。対して、東急大井町線は5両編成。1両まるごと、はみ出してしまうんです。だから九品仏駅では、ホームからはみ出す5号車のドアは開きません。

それを知らずに5号車に乗ってしまうと、九品仏駅に到着しても、一向に開かないドアにうろたえることになります。慌てて隣の車両に移動するも、目の前でドアが閉まり、次の駅まで運ばれてしまう、なんて事態も起こり得ます。実はこれらはすべて、私の身に降り掛かった悲劇。九品仏駅での降車、難易度高めです!

さて、九品仏という駅名は、九品仏浄真寺というお寺に由来します。9体の阿弥陀如来像が安置されている、由緒正しいお寺です。近隣住民の憩いの場でもある境内を、のんびりと歩きます。まず出迎えてくれたのは、赤い頭巾が鮮やかなお地蔵さんでした。私のお気に入りは、仲良く3体で並んだお地蔵さん。トリオっぽくてキュートです。

本堂に加え、3つの阿弥陀堂が建つ広々とした境内には、ひと休みできる木製のベンチも設置されていました。腰を下ろし、寺社ならではの凛とした静けさに身を委ねます。そよそよと、初夏の風に揺れる新緑は楓。秋になったら、美しい紅葉に彩られた浄真寺をまた訪ねたいと思いました。

九品仏駅での降車、次は上手くできるといいな。

3.東京モノレール・りんかい線「天王洲アイル」駅

渋めの駅名が続いたところで、次に向かったのは、東京モノレール・りんかい線「天王洲アイル」駅です。これだけアーバンな雰囲気を漂わせている駅名って、ほかに思い浮かびませんよね。アイルのスペルは「isle」で、小さな島という意味なんだそう。周辺は、湾岸エリアの再開発によって誕生した、運河に囲まれた水辺の町です。

りんかい線のホームから地上に上がると、かすかに潮のにおいを感じました。すぐそばに運河の存在を感じつつ、一帯のアートスポットを歩きます。

趣向を凝らした建築物が整然と立ち並ぶ、どこか近未来的な町並みをブラブラしていると、ついさっき、下町の商店街でハムカツを食べ歩きしていたのがウソのよう。どちらも魅力ある「東京」の姿です。

木材をぜいたくに使った繊細な外装に惹かれ、入ってみたのは、寺田倉庫本社ビル。その1階に、国内唯一の建築模型専門ミュージアム「建築倉庫」があります。

高い天井、広さのある無機質な空間はまさに「倉庫」。等間隔に並ぶ白い棚に、たくさんの精巧な建築模型が飾られています。ひとつひとつが淡くライトアップされることで生み出される光景は、やはり近未来的。日本を代表する建築家隈研吾さんによる建築模型も展示されています(ちなみに、寺田倉庫本社ビルを手掛けたのも隈さん)。しばし、非日常的なアート空間に浸ることができました。

見学後には、ミュージアムショップでちょっとお買い物を。建築倉庫のロゴ入り設計ノートを購入しました。直線的な佇まいが魅力的な建築倉庫のロゴは、グラフィックデザイナーの原研哉さんによるもの。次から次へと出てくる大物の名前に驚きながら、お気に入りのお土産を手に、ほくほく顔で次の目的地へ。

4.東京モノレール・京浜急行線「天空橋」駅

だんだんと、空が夕闇に染まっていきます。ロマンチックな夕景を期待して訪れたのは、東京モノレール・京浜急行線「天空橋」駅。世にも美しい駅名の由来は、近くの川に架かる橋の名前から。羽田空港の敷地内にあり、飛び立つ飛行機の姿を観賞できます。

東京モノレールの改札を出て、あたりを見回したときの感想は「なにもない」。目の前の広い車道。フェンスの向こう、遠くに見える飛行機と羽田空港。それ以外は、気持ちがいいくらいなにもありません。コンビニすら、見当たらないのには驚きです。

時間帯もあるのか人通りも少なく、世界の果てのような雰囲気があります。夕闇が濃くなるにつれ、遠い羽田空港が幻想的に輝き、ますます高まる「世界の果て」ムード。映画「誰も知らない」を思い出します。

ロマンチックとは少し違うかもしれませんが、この独特な雰囲気はなかなかいいかも。東京の中心で、「なにもない」を味わえる機会は貴重です。飛び立つ飛行機を眺めながら、ひとり静かに考えごとをするのもいいかもしれませんね。

5.「東京テレポート」駅

すっかり日も落ち、「なんだか気になる駅名トリップ」も、いよいよクライマックスです。最後の駅に向かう前に、昼に訪れたときとは、また違った表情を見せる天王洲アイル駅周辺を歩きます。

天王洲アイル駅からりんかい線に乗り込み、向かったのは「東京テレポート」駅です。アーバンな雰囲気を取り越して、未来都市的なイメージすら浮かんでくる駅名ですね。

りんかい線に揺られること、わずか3分。ホームに降り立ち、聞こえてきた発車メロディは、なんと、踊る大捜査線のテーマ。そういえばドラマの舞台はここ、湾岸エリアでした。

世代直撃の懐かしさに襲われながら、いざ地上へ。お台場のシンボルである大観覧車を眺めていたら、その下に架かる、宇宙船のような歩道橋を見つけました。どうやら、駅出口の左手にあるエスカレーターから登れるようです。

歩道橋の名前は「テレポートブリッジ」。未来都市よろしく、宇宙空間に転送されそうなネーミングです。実際には、台場地区と青海地区を結び、デックス東京ビーチやお台場海浜公園、パレットタウンといったお台場の主要施設への行き来を便利にしてくれています。

せっかくなのでテレポートブリッジを活用して、お台場海浜公園まで足を伸ばしてみましょう。変化球的なスポットも巡ってきた今回のトリップですが、クライマックスは、定番の夜景スポットで締めることにします。

実は、お台場海浜公園へ行くのははじめて。定番の観光スポットも、生活圏外にある町も、きっかけがなければ、なかなか行かないという点では同じなのかもしれません。そして、実際に足を運んでみなければ、本当の姿、本当の魅力は分からないという点も同じです。

1日歩き回った足の裏に、人工砂浜の柔らかい感触が心地いいということ。東京湾をゆく屋形船と、レインボーブリッジが織りなす夜景は、文句なしに美しいということ。すべて、今日という日に、ここに訪れたからこそ知れたことです。

「駅名がなんだか気になる」という些細なきっかけが、私をいろいろな場所へと連れていってくれました。好奇心は、すべての旅のパスポート。そんな思いを、新たに抱いた1日でした。

(写真:鈴木直道)

 

今回ご紹介した駅

雑色駅
住所:東京都大田区仲六郷2丁目42-1
沿線:京浜急行電鉄本線

九品仏駅
住所:東京都世田谷区奥沢7丁目20-1
沿線:東京急行電鉄大井町線

天王洲アイル駅
住所:東京都品川区東品川2丁目3-8
沿線:東京臨海高速鉄道りんかい線、東京モノレール羽田空港線

天空橋駅
住所:東京都大田区羽田空港1丁目1-2
沿線:京浜急行電鉄空港線、東京モノレール羽田空港線

東京テレポート駅
住所:東京都江東区青海1丁目2-1
沿線:東京臨海高速鉄道りんかい線

新潟県生まれ、神奈川県育ち。下戸ですがおいしい食べ物には執着するタイプ。動物園と水族館と古い建物が好きです。出先で団地群など「昭和」を感じる風景を見つけるとつい立ち止まってしまいます。

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この特集について

東京真夏のミステリー

なんで、こんな駅名なんだろう、ここは綺麗だけどさっぱりしすぎな場所だなぁ、なんて、ふと感じる瞬間があります。大した疑問でもありませんが、まさに謎。 古い街には歴史がある、京都や金沢だけではありません。そんなあたりまえのことは、自分が普段見ているこの街にも、あるのです。子どもたちが遊ぶ公園も、無機質なコンクリートの街にも。 謎には歴史=storyが潜んでいます。日常に潜むstoryを探して、街へ出かけました。グラフィティ、駅の名前、野鳥、アンモナイト… ちょっとした謎を探検する、夏がはじまります。