木漏れ日と森の中の玉手箱 ― 二子玉川「静嘉堂文庫・静嘉堂文庫美術館」

強い日差しにさらされる都会のビル群の中を歩いていると、木漏れ日を感じる緑豊かな場所へ行きたくなります。

駅ビルの開発も目覚ましい二子玉川駅周辺から足を延ばして20分ほど歩くと、静かな森の中にある「静嘉堂文庫・静嘉堂文庫美術館」に到着します。その庭園は、山鳩の鳴き声が響き、木々の間を涼しげな風が吹き抜ける避暑地のような所でした。

映画館や大型書店、複合施設に集う人でにぎやかなイメージの二子玉川ですが、今回は森の中のモダンな風景を目指します。大正時代につくられた建物が魅力的な和漢古典籍の専門図書館、静嘉堂文庫へ向かうことにしました。

隣接する静嘉堂文庫美術館は東洋美術のコレクションを年4回の企画展として公開する美術館。展示会は西洋のものを見に行くことが多い私ですが、自分にとって本当はもっと身近な東洋美術品を鑑賞したいなという気持ちも動き出します。いつもと一味違う休日になりそうです。

家族連れや学生でにぎわう二子玉川駅を出て、大きなデパートの間を抜け、二子玉川商店街を通ります。そこから、かつては多摩川の砂利を運んでいた砧線の線路後にできた遊歩道を歩き、閑静な住宅街へ。丸子川にかかる下山橋を渡って進めば静嘉堂の門に到着です。

竹垣と石の門をくぐると、周囲の雰囲気が変わります。静嘉堂は周囲を世田谷区立公園と、緑地に囲まれた高台にあります。小川の水の流れや、木に包まれる自然な風景は町の喧騒を遠くに感じさせてくれます。

木々の間の坂を上りきると、1924年に作られた静嘉堂文庫のレンガ造りの建物がレトロでどっしりとした風情で迎えてくれます。緑色のとがった屋根と煙突のある洋館の前には丸い池があり、外国のお屋敷のようです。

小高い丘の上に立つ洋館は、時空を超えてきたかのように歴史を感じさせます。モダンな洋館の茶色い扉の奥には、東洋の貴重な文献のコレクションがあるのですね。窓の中はどうなっているのか、想像力が刺激されます。

紹介状を持った研究者などが予約して利用する専門図書館なので、一般の人は内部に入ることができませんが、およそ20万冊もの貴重な東洋の文献が所蔵されている宝庫へ、中国や韓国の研究者も訪れるそうです。目の前のモダンな洋館が世界的にも重要な役割をしていると、なんだか誇らしい気分になりました。

隣接する静嘉堂文庫美術館では、8月13日までの企画展「~かおりを飾る~ 珠玉の香合・香炉展」が開催されています。こちらは美術館の学芸員、長谷川祥子さんが案内してくれました。静嘉堂文庫美術館は、1992年に建てられた現代の建築です。年に4回の企画展を行い、静嘉堂の豊富な美術コレクションを、趣向を凝らして紹介してくれています。

館内に入ってすぐの大きな窓からは、木々に彩られた素敵な景色が広がっていました。窓のそばへ立つと、下には崖のような勾配の日本庭園が見られます。眺めの良い景色に、晴れた日には富士山も見えるそうです。

今回の展示は、雅なお香の文化を伝える内容で、静嘉堂のコレクションにある「香」にまつわる品々が並べられていました。気になったのは、手のひらに収まる小ぶりなサイズの香合たち。どれも凝ったデザインが素敵です。

茶の湯の席では、香合から取り出してお香をたきます。季節や行事に合わせて、香合には素材や形の違う様々な種類が用意されるということを知りました。今も茶道で使われ、床の間に飾られる人気の小道具です。

長谷川さんに案内され、茶の湯の席で行われる「炭点前(すみてまえ)」の際に使われる、道具セットの中の香合に注目すると、羽の陰から小さな雀の形の陶器がこちらを向いていました。

他にも、狸の形、小手鞠の形、蝶の絵の付いたもの、と、お香やお茶を知らなくても、ひきつけられる魅力的な香合たち。長谷川さんに「香合は、貴重なお香を入れておくものだから、その入れ物にも思いが込められている」と教えてもらいました。

江戸時代の香合の番付表「形物香合相撲」も展示されています。意匠を凝らし、贅を尽くした材料を用いて作られているけれど、そのユニークな形など、親しみのある道具と位置付けられていたのですね。

私が気に入ったのは、柿の形の香合。オレンジ色でまるくて、手のひらにすっぽりと収め撫でたくなる形。こうした品物一つ一つが、心を込めて作られていることが伝わってきます。持ち主もやむにやまれず手放し、歴史を超えた宝物としてこの場に収められたのでしょうか。

こうして普段は目にすることのない宝物を見ていると、日本文化の丁寧さや細やかさに、驚きます。色々な時代・場所の香炉や香合を目にし、目には見えない「香りを飾る」という日本人が大切にしてきた文化を知るきっかけになりました。

静嘉堂には三菱初代社長岩崎彌太郎の弟である、2代社長岩﨑彌之助と息子の小彌太が明治・大正・昭和と、歴史の波をかいくぐり集めた東洋の宝物が収蔵されています。現在世界に3つしかないといわれる、有名な国宝「曜変天目」も見ることができます。

幕末の混乱で、全国の大名から流れてきた品や、昭和の不景気で放出された品、中国の清朝がなくなる際に蔵書家から買い受けた書物など、静嘉堂に集まった宝物は、歴史の流れに翻弄され散逸してしまったかもしれない貴重な品々だそうです。

海外からも高い注目を集めた至宝を日本にとどめることができたのは、美術品や貴重な文献への情熱があったからこそ。森の中の美術館で東洋の美に触れ、いつもとは違った興味に目が開かれます。

美術館を出て、右手の奥には東京都選定歴史的建造物に指定される、岩﨑家の霊廟が木々に守られるように立っています。

門へと足を踏み出すと、足元にふかふかした土の感触を感じます。時々松ぼっくりが転がっていたり、トンボが飛んでいたり。駅から少し離れただけなのに、ここには緑深い自然が残されています。

生い茂る木々の中、森林浴をしながら坂を下りると、たくさん歩いた達成感を感じます。帰りはバスで二子玉川駅に戻ろうかな。ちょうど良くおなかが減って、町に出るのが少し恋しくなっていました。

 

静嘉堂文庫美術館

住所:東京都世田谷区岡本2-23-1
電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
会期:企画展のみ年4回

「~かおりを飾る~ 珠玉の香合・香炉展」
2017年6月17日(土曜)-8月13日(日曜)
時間:10:00-16:30(入館は16:00まで)
※7月1日-8月13日の期間のみ10:00-17:00(入館は16:30まで)

休館日:月曜
※7月17日は開館で18日休館
アクセス:東急大井町線・田園都市線 二子玉川駅
バス 玉31・32系統 「静嘉堂文庫」下車 徒歩5分
徒歩 20-25分
http://www.seikado.or.jp/

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