夏、涼しい風吹く竹林を行く 世田谷「蘆花恒春園」

日差しがじりじり、汗がだらだら。夏の暑さに、頭がぼーっとしてしまいます。そんなとき木陰に入ると、ひんやりとした風が通り抜け、頭上で揺れる葉の青さにはっとします。クーラーやビル陰とは違う、自然がもたらす夏の涼を都内で満喫できる場所があると聞き、世田谷区の「蘆花恒春園」を訪ねました。

小田急線「千歳船橋駅」を降り、駅前にある交番の脇道をまっすぐ進みます。千歳通りに出たら、バスに乗り「芦花恒春園停留所」に到着。閑静な住宅街を7分ほど歩くと、木々が生い茂る公園が見えてきました。蘆花恒春園は、「不如帰(ホトトギス)」や「自然と人生」などで知られる明治・大正期の文豪、徳冨蘆花と愛子夫人が後世を過ごした家屋や庭を中心とした緑豊かな公園です。蘆花の没後10周年忌に際し、愛子夫人から東京都に寄付されたもので、現在の公園の広さは8万3,000平方メートルにもなります。

正門の右手にある竹林に入ると、「モウソウチク」という種の竹が影をつくり、隙間から注ぐ木漏れ日が気まぐれに揺れていました。

これらはかつて蘆花が植えた竹で、シルエットがはっきりした幹と曖昧に重なり合う葉とでは、影の濃淡も違って見えます。ところどころに咲くナンテンの白い花や、これから盛りを迎えるウバユリの花芽など、かわいらしい季節の草花が彩りを添えています。

園路を進むと、茅葺き屋根の家が見えてきました。ここは蘆花夫婦が過ごした邸宅で、現在は都の史跡に指定されています。ロシアの文豪トルストイに農業を勧められ、この地に40歳で転居した蘆花は、自身を「美的百姓」と名乗り晴耕雨読の日々を送ったといいます。館内には、五右衛門風呂や夫婦の記念写真、蘆花が執筆の際に使っていた机や、当時まだ珍しかった電話やオルガンなどが展示され、彼らの日々の営みが見えてくるようです。

また、旧宅の側にある「蘆花記念館」では、屋敷とともに寄贈された農耕具や原稿など蘆花の遺品を見ることもできます。館内にはトルストイから蘆花に宛てた手紙も展示され、これを目当てにやってくる外国人観光客もいるそうです。

時には二人で世界一周を旅するなど、楽しみも苦しみも分かち合った蘆花夫婦。旧宅の近くには、そんな夫婦が揃って眠るお墓もあります。その側を散策していた老夫婦の姿が目に止まりました。旦那さんが奥さんの手を取りゆっくりと歩いています。人気作家であった蘆花と、慎み深く夫を支えたと言われる愛子夫人。往時の蘆花夫婦もこんな関係だったのでしょうか。

墓所の先にある雑木林の曲線を描く歩道を歩いてくと、多目的広場に出ました。ドッグランでは犬が嬉しそうに駆け回り、木々の下のベンチでは大人たちがのんびりくつろいでいます。児童公園で遊ぶ子どもたちは、すれ違いに「こんにちは」と元気よく手を振ってくれました。

そんな様子を見守る木々は、同じように見えるけれど姿かたちが全て異なります。樹皮がごつごつしているものや滑らかなもの、幹から直接葉が伸びているもの、根元から枝分かれしているものなど、見ているだけで造形美が楽しめます。同時に聞こえてくるのは、お母さんを呼ぶ子どもの声と鳥のさえずり、風音のハーモニー。

木の写真を撮っていると、自転車に乗った一人のおじさんがやってきて「カメラを持っているなら7月の夜空を撮るといいよ」と言います。話を聞くと、おじさんは昨年の7月初旬のある夜、ナイフのように尖った月と強くきらめく金星が、仲良く隣あわせで輝くのを見たのだそうです。

「来年もまた見られるんじゃないかな」と言うけれど、7月の初旬は梅雨のまっ最中。「来年見られなくても大丈夫。来年がダメなら再来年の7月に見ればいいし、再来年も雨だったらそのまた次の年にチャレンジすればいいよ」と言って笑います。それだけ話すと、再び自転車に乗って去っていきました。

思わず空を見上げると、生い茂った木々の間から、ぽっかりと空が開けている箇所がありました。段々になっているマンションは、空へと伸びる階段のようです。

蘆花恒春園にいると、豊かな自然が強い日差しを遮ってくれて体が楽になります。けれど心まで落ち着くのは、きっと園内にいる人たちがみんな自由に過ごしているから。都心を離れ自然を感じて思いのままに過ごすうちに、心にもひと筋の涼風が吹いたようです。

蘆花恒春園

東京都世田谷区粕谷1-20-1
TEL:03-3302-5016(蘆花恒春園サービスセンター)
園時間:9:00-16:30(恒春園区域)、徳冨蘆花旧宅および蘆花記念館は16:00まで
定休日:サービスセンターおよび恒春園区域は年末年始休業
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index007.html

ライター

静岡県生まれ。好きなものは、映画、登山、温泉、アーユルヴェーダ。地図が読めないため、町歩きはもっぱら勘がたより。旅行系の冊子やWEBをメインに執筆しています。

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