夏の下町、松尾芭蕉が住んだ街、深川から散歩する

下町といわれる深川には、江戸文化を残す施設がいくつもあります。全国に俳句の碑を残す松尾芭蕉も、江戸時代にはこの地に住んでいました。下町と呼ばれるこの地域は、普段の生活圏から離れていて、馴染みのない場所です。

調べてみると、かつての芭蕉の住居跡「芭蕉庵」や朝晩で向きが変わる仕掛けの芭蕉像があります。古いものと新しいものが一体となったような不思議さを感じ、行ってみることにしました。

芭蕉がいた江戸の景色を求め、初めての江戸散歩の玄関口となる森下へ。

江東区の地下鉄・森下駅の階段を上り地上へ出ると、幅の広い通りを挟む森下商店街があります。大きな交差点には火消しのオブジェが目立ち、朝顔も顔を出し、江戸文化の名残を感じます。

ここは、江戸深川の探索のスタート地として最適な場所。清澄白河方面へ向かい、隅田川の東に広がる深川界隈へ足を延ばすコースは、国内外の江戸時代愛好家にも人気です。

まずは、動く松尾芭蕉像があるという芭蕉庵史跡展望庭園を目指して街を歩きます。江戸の下町めぐりさながら、大通りを清澄白河方面へ進むことにしました。このあたりは、少し歩くと隅田川や運河にぶつかる「水の都江戸」の面影も色濃く残しています。

立ち食いそば屋「芭蕉そば」の店頭で泳ぐメダカを眺めたら、小名木川にかかる万年橋を目指します。ここは江戸時代、富士山が見えたという風光明媚な場所だったとか。

万年橋の手前を右手に曲がると、芭蕉の庵があった跡とされる芭蕉稲荷神社がありました。その先にある防潮堤の脇の階段を上る途中に、投句箱がありました。どんな句が入っているのだろう。

ここは、芭蕉庵史跡展望庭園とされ、近くにある江東区芭蕉記念館の分館になっています。階段を登りきると、トレードマークの帽子と着物姿の芭蕉像が鎮座し、私を出迎えてくれているようでした。

水をたっぷりとたたえた隅田川に小名木川がそそぎこみ、広い川幅に心癒される風景を見下ろす高台になっています。流行の移り変わりも速い東京で、変わらずゆったりした広い川を眺めていると落ち着きます。この気持ちは江戸時代の人も同じだったのかな。芭蕉像に尋ねてみたくなります。日差しを受けて光る水面に、晴れた青い空にスーッと風が吹き、暑さも忘れる心地です。

川沿いを歩くと、芭蕉庵史跡展望庭園を管理する、江東区芭蕉記念館に着きます。芭蕉の10人の弟子たちを取り上げた企画展 芭蕉の弟子ベスト10「蕉門十哲」が開催中でした。

スタッフの二川薫さんが解説をしてくれます。

二川さん:「芭蕉には各地に弟子がいて、その人たちに教えながら、全国を歩いていたそうです」

弟子の一人から贈られた植物のバショウが深川の住まいで育ったことから「芭蕉庵」という名になりました。全国に名を遺した松尾芭蕉が、一株のバショウをきっかけに芭蕉の俳号を名乗るようになったということは思いもよらない事実でした。

また、展示室には、芭蕉の着ていた服のモデルや、小さな芭蕉人形もありました。イメージ通りの黒い着物や、旅のアイテムたち。年表を見ると、芭蕉が深川に住み始めたのは37歳だとあります。隠居した時期が私と同じ30代だったとは。それから全国に旅をし、数多くの名句を残したということは、私もまだまだこれからと希望が持てます。

電車もない時代に、身一つで歩き回るなんて今の時代からは想像を絶するバイタリティ。旅の後は芭蕉庵でゆっくり体を休めたのでしょうか。

展示の中で私が気になったのは、芭蕉庵にあったとされる蛙(かわず)の石像。「ふる池や 蛙飛び込む 水の音」という句は、今の時代でも有名な松尾芭蕉の代名詞です。

ごつごつしていて、大きい、黒い石の蛙。離れた目や平べったいフォームが可愛らしく目に映りました。まるで「鳥獣戯画」のようにデフォルメされた姿は、ユーモアさえ感じます。庭にあったら、なごむいでたちです。

気になっていた、芭蕉像が向きを変える理由を二川さんに投げかけてみます。

二川さん:「芭蕉像は朝は北側を向いていますが、夕方5時頃には隅田川を行く船を見送るように西側の川の対岸方向へと向きを変えるんです」

電動式の芭蕉像の動きにも、芭蕉庵へのおもてなしの気持ちが表れていたのですね。江戸の下町らしい粋な人情に重なって芭蕉の姿が見えた気がしました。

芭蕉像の建つ隅田川の景色を思い出しながら、森下駅に戻ります。江戸時代、旅に生きた俳人が庶民の街、深川に住んでいたというのは面白い発見でした。

芭蕉の言葉に「不易流行」という、変わらないものと変わっていくものを合わせた世界観があります。古典的な和歌などの要素を取り入れながら、もっと身近な主題をうたった芭蕉の作風に、その精神が表れています。せっかちな江戸っ子にもわかりやすく、親しみやすい面白さもあり、流行になったのでしょう。

新しいビルの一階にあるお店にかかった時代物の木でできた看板や、大通りに植えられた大きな街路樹を覆うように絡まったあじさいなど、この街を歩いていると、江戸時代から変わらない下町らしさと、コンクリートに塗り替えられ変わっていく現代文化が同時に見られるようです。

駅に戻る道の途中で、いつの時代も変わらない夏の涼の定番、かき氷を求めて小さな氷屋へ立ち寄ることにしました。大正8年から開いている氷屋の「岸氷室」。ここでは、72時間かけて凍らせる純氷(じゅんぴょう)のかき氷が夏場の人気メニューです。

早く口にしたいけれど、シロップもいろいろあって迷います。江戸散歩で渋めの気分になっていた私は、抹茶みぞれ味をセレクトしました。一緒に散策した知人は元気の出そうな、すいか味。二つ並べると、こんな暑さの中にクリスマスをイメージさせる色の組み合わせで思わず笑ってしまいました。

一つ一つ丁寧に削ってくれ、こんもり盛られたかき氷は、縁日のように気取らないカップに入っています。甘くて冷たいのど越しに、汗もスーッと引いていき、炎天下を歩いたのもいい思い出になりました。

氷の旗のなびく店の外に小さないすが並ぶ風景は、どこか懐かしい気持ちにさせます。変わりゆく街に、変わらないでいてほしい風景があるのは貴重なことです。

たっぷり歩いたご褒美に食べたかき氷と、芭蕉像が見下ろす隅田川のゆったりとした景色が今年初めの夏の思い出に残ります。
「下町で シロップ選び かき氷」と、つたない5・7・5を読んでみた、初めての下町江戸散歩の終わりでした。

知らなかった東京、江戸を感じる街歩きは、新しい発見がありました。森下からはじまる江戸の町、深川探検、これにはきっと続きもあるんじゃないかとワクワクします。行ったことのない場所への私の小さな好奇心は、全国を歩いた芭蕉に通じるものがあるのかもしれません。

江東区芭蕉記念館

東京都江東区常盤1-6-3
アクセス:都営新宿線・都営大江戸線「森下」駅 A1出口より徒歩7分
TEL:03-3631-1448
会期:企画展 芭蕉の弟子ベスト10「蕉門十哲」2階展示室
2017年6月15日-2017年12月10日
※常設展あり
開館時間:展示室・図書室 9:30-17:00(入館は16:30まで)
料金:大人200円
https://www.kcf.or.jp/basho/

芭蕉庵史跡展望庭園

東京都江東区常盤1-1-3
アクセス:都営大江戸線・都営新宿線「森下駅」 A1出口徒歩10分
開園時間:9:15-16:30
※芭蕉像の回転は17:00のため、庭園内では観覧できません
休館・休園日:毎月第2・4月曜日

岸氷室

東京都江東区森下1-13-5
TEL:03-3631-7841

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