これぞまさに“穴場” ― 謎に包まれた関東の穴 東松山「吉見百穴」

埼玉県吉見町には、地元の人が「ひゃくあな」と呼ぶ異様な丘「吉見百穴」があります。50メートルほどの小高い丘の斜面にポコポコと無数の穴があいたこの場所は、実は古代の墓地であり、歴史あるスポットとしてじわじわと注目を集めているそうです。一度見たら忘れられない、あまりにも印象的なこの場所がどのようにできたのか、穴の奥には何があるのか、探ってみることにしました。

吉見百穴は東武東上線東松山駅から川越観光バスに乗車し、下車後5分ほど歩いたところにあります。街を横切る市野川の橋を渡ると、あちこちに掲げられた「吉見百穴」の看板が!しばらく歩くと、穴のあいたあの斜面が見えてきました。

私が吉見百穴のことを知ったきっかけは、旅行中にたまたまこの近辺を通りかかったこと。その時は立ち寄らなかったものの、遠目にあの無数の穴を見てから、その吸い込まれそうな光景が忘れられず、いつかあの穴の中を見てみたいと冒険心に駆られたのでした。

今回、穴の中を案内してくれたのがボランティアガイドの佃守弘さん。ガイド歴は1年ほどですが、吉見百穴に通い詰めて楽しんでいるうちに自然と知識が頭に入り、ガイドを務めるようになったほどの百穴ファンです。

百穴の光景は、目の前にするとより異様さが際立ちます。しっかりと口をあけた表面の穴は現在219基確認されていて、丘の斜面を掘って作られた古墳時代のお墓だと考えられています。この一帯は凝灰質砂岩という柔らかい岩盤でできているため、掘削するのにうってつけの場所だったといいます。横穴は上に行くにつれて位の高い人が埋葬されたのか、穴が大きくゆとりのある造りになっています。上の方に人が中に入れる穴があるというので、佃さんの後について階段をのぼることに。

敷地内を1日2周もしているという佃さんは慣れているのか、ヒョイヒョイと階段をのぼっていきますが、階段の傾斜は意外とキツく、佃さんにだいぶ先に行かれてしまいました。
息も絶え絶えに佃さんに追いついた時にはすっかり汗だくで、思わずトップスの袖をまくります。

目的の穴は、人が入れるとはいっても大人が腰をかがめてようやく入れるくらいのサイズで、内部は大人が辛うじて立ち上がれるほどの高さでした。この絶妙なサイズ感から、発見された当初は古代人の住居だと考えられていた時期もあったようですが、人骨や副葬品が出土したことをきっかけに墓地だと判明したようです。

土と埃のにおいがする穴の中には、左右にベッドのような台座が2つ並んでいます。

佃さん:「この台は棺座(かんざ)といって、遺体を入れた棺が置かれた場所です。当時は火葬の文化はありませんでしたから、遺体をそのまま葬っていたと考えられています。棺座が2つあるのは、後で亡くなった家族や親族などを葬る『追葬』が行われていたからです。この穴の中の棺座は2つですが、棺座の数や配置などは穴によって様々なんですよ」

説明する佃さんの声が穴の中で反響します。元から追葬することを想定して作られた百穴は、完全に密閉されることはなく、取り外し可能な封鎖石が入口に立てかけられていたそうです。今ではこの封鎖石は1つしか残っていないとのことでしたが、封鎖石が残っていた当時は穴の存在は知られておらず、何の変哲もない小高い丘に見えていたのだとか。

百穴に葬られた人はごく少数で、穴を掘る労働に人を使うことができるほどの権力と富を持っていたと考えられています。大の大人が中にすっかり入ってしまえるほどのこの穴を掘らせた人は、どれほどの権力者だったのだろうと思いを巡らせます。

穴を出ると、先ほど上ってきた階段をそのまま上り、丘の頂上へ辿り着きました。丘の上の見晴らし台からは吉見町が一望でき、富士山が見えることもあるようです。奥へ進むとハイキングコースのような道が現れ、心地良い緑の香りに包まれながら林の中の階段を下っていきます。

階段を下りきった場所には、佃さんが是非見せたいというスポットがありました。フェンスで覆われた穴の中を覗き込むと、穴の中に緑色に光る何かを発見。

佃さん:「これはヒカリゴケといって、淡い緑色をしたコケの一種です。太陽の光を受けて光る性質を持っています。日本では北海道など標高1700m以上の場所に生育するコケなので、関東平野部に自生しているのは本当に珍しいんです。国指定天然記念物なんですよ」

乾燥している時期より、湿度の高い時期の方がよりきれいに発光して見えるそう。取材に来たのは4月なので、これから季節が進むとより鮮やかに見えそうです。

最後に売店へ寄りました。この店は傍目には普通の土産物屋ですが、店の奥に入っていくと「百穴のふた」と書かれた展示物が置かれていました。百穴の中で佃さんが説明してくれた、あの封鎖石の実物でした。

店員の大澤さん:「これは百穴の入口を塞いでいた封鎖石です。今はこの1つだけが残っています。石は長瀞の辺りから採取されて、市野川を経由して運ばれてきたと考えられています。他の石は見つかっていないんですが、百穴の石とは知らずに、どこかの民家で敷石にでも使われているんじゃないですかね」

ここには封鎖石のほか、百穴から見つかった様々な出土品が展示されていて、売店兼ミニ博物館のようになっています。大澤さんは吉見百穴の地主の一人で、家に伝わる百穴の出土品や発掘当時の写真をこうして店内に展示し、訪れた人に紹介しているのだとか。

敷地内には売店内の展示スペース以外にも埋蔵文化財センターが併設され、吉見町の史料が展示されています。

大澤さん:「グレーな部分が多いですが、それはそれでロマンがあって楽しいと思いますよ」
売店を後にしようとした時、大澤さんのこの言葉に百穴の魅力が凝縮されているような気がしました。ほの暗い穴の奥には、まだ明かされない謎が息を潜めて待っています。

吉見百穴

埼玉県比企郡吉見町大字北吉見324

TEL 0493-54-4541

営業時間 8:30-17:00 年中無休

ライター

埼玉県生まれ、群馬県育ち、東京都在住の関東人。エジプト、トルコ、ギリシャ界隈の歴史が大好きな世界史系歴女。シャーマニズム、古今東西の墓文化、ハロウィーンなどミステリアスなものにも惹かれる。

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