春の風と水しぶきを切って ― 水の街・東京の風景

4月半ばの日曜日、気温25 度の夏日に重たい上着を脱ぎ捨てて、気持ちも軽やかに日本橋に向かいました。この日は日本橋から発着しているクルーズ船に乗って都内の水路を巡る予定。44人乗りの小型船に揺られて日本橋川から小名木川、扇橋閘門(おうぎばしこうもん)の通航体験の後、折り返して隅田川と亀島川を通って戻ってくる約90分の船旅です。

14年間東京に住んでいる私ですが、都内のクルーズ船に乗るのは初めて。水路から見る大都会。どんな景色と冒険が私を待っているのでしょう。ドキドキ、ワクワクしながら乗船場所まで向かいました。

船旅の出発地点は明治44年に建設された江戸東海道の起点・日本橋の足元から。12時30分、桟橋から船に乗り込むとエンジンがかかり、いざ出発。この日利用した小型船「ルーク」は屋根のないオープンデッキ船でとても開放的。お子さん連れの家族や友達と来たらしい女性グループで席は8割ほど埋まり賑やかです。初夏の陽光と風を肌に感じながら船は日本橋川をぐんぐん東へと進みます。

出発してから最初にくぐった橋は、日本橋川にかかる最大級の橋「江戸橋」。船から見上げる橋下の天井は思っていたよりも低く、手を伸ばせば届きそう。続いて「鎧橋」「茅場橋」と船はたくさんの橋を抜けていきます。まるで小さな洞窟に入っては抜け、入っては抜けを繰り返しているよう。

日本橋の上を走る高速道路の車のエンジン音や、街を行き交う人々の喧騒から離れるにつれて、じわりじわりと私の冒険心が目を覚まします。

江戸時代中期、ここ日本橋川は物資供給に欠かすことのできない存在でした。「水運の大動脈」と呼ばれる要路の一つとして、酒や醤油、塩、みりんなどの重い樽を乗せた船が行き交い、江戸に住む人々の生活を支えていたそうです。現在では遊覧のためのクルーズ船や屋形船などがのんびり水路を通航していますが、全国からの物資が船で江戸市中に入ってくる、当時の活気あふれる光景を想像します。

河川に架かる橋の名前には江戸時代の土地の由来や歴史を元につけられているものも多く、茅葺き屋根の材料である茅を保存していた場所にかかる橋に名付けられた「茅場橋」や、徳川五代将軍の綱吉の50歳の誕生日を祝い、「徳川の世が永遠に続くように」との願いを込めて建設された「永代橋」など、一つ一つに違う名前がつけられており、その名前にまつわる物語があります。

永代橋

日本橋川から隅田川の合流地点近くにある「湊橋」の側面に一本マストの帆掛船のレリーフを見つけました。

当時、西洋の船はマストが二本以上のものが主流でしたが日本で使われていた船はこのレリーフにあるような一本マストのもの。これは遠洋航海に出られないようにするための設計なんだとか。見逃してしまいそうなレリーフのデザイン一つにも江戸の鎖国文化を象徴する背景があるなんて驚きです。

今回のクルーズでくぐった橋の数は25個。橋の名前や形、デザインの意味を想像しながら、江戸時代のこの場所に思いを馳せます。大きな樽や荷物を乗せて風を操り江戸の水路を進む帆掛船…私の目に移る景色も400年前の風景へと変わっていくかのような錯覚に陥ります。

船は日本橋川を抜け、南北に流れる隅田川へ。隅田川に出た途端、視界が開け、川幅もグンと広がります。

思わず深呼吸するとほのかに潮の香りが。低空飛行するカモメの姿も見かけました。目線を上げれば重要文化財「清洲橋」の中央にそびえる東京スカイツリーの姿。

陸からでは見ることのできない絶景を静かな水上で独占しているような気分になり、優越感を感じずにはいられません。本日一番のビュースポットに他のお客さんもカメラを片手に興奮気味。

岸辺のカフェテラスや橋の上から、こちらに向かって手を振ってくれる人の姿に思わずこちらも手を振り返します。陸の上では絶対にこんなことしないのに。都会にいることを忘れてしまいそうな静けさの中にいるからか、たゆたう水流による癒し効果なのか、警戒心が解けて童心に返っていく自分を感じます。

清洲橋をくぐり右に進路を変えると小名木川に入ります。この川は荒川へつながる直線に設計された人口運河。徳川家康が江戸の町づくりを始める際に最初に作った水路です。当時は「塩の道」とも呼ばれており、塩の産地・行徳(現在の千葉県市川市行徳地区)から江戸市内に塩を運ぶために、嵐が来ようと決して波立つことのない水路を作ったんだとか。確かに全くと言っていいほど波がなく、時折すれ違う遊覧船による引き波で軽く船が揺れる以外は大きな揺れを感じることもなく、抜群に安定しています。

何百年も昔、この水路を使っての物資運搬が定着する以前は、何日もかけて足で運んでいた時代や、嵐で船が座礁して定期的に物資を市内に届けることができなかった時代があったのでしょう。幾度もの失敗、先人たちの苦労と汗の上に、今のような便利な生活があるのだと改めて感じさせられました。新しいものを追いかけてしまいがちの毎日…時には過去を振り返って見ることも大切ですね。

小名木川の南側にはカフェやギャラリーが集まる清澄白河の街があります。家康によって整備された小名木川流域が物流の拠点として栄え、物資を貯蔵するための蔵や倉庫が建ち並ぶ倉庫街へと変貌。

その後、それらの倉庫を利用したカフェが立ち並び、現在では多くの若者が集う街へと姿を変えた清澄白河。400年前と今を結ぶ運河と町の関係性、江戸から平成への時の流れ…その変遷を想うと、小名木川と清澄白河がとてもドラマチックに思えてきます。きっとどの街にも、どの川にもそういう物語があるのでしょう。今の在り方だけを見るのではなく、その成り立ちにほんの少し触れるだけで、街への愛着がぐっと深まる気がしました。

小名木川と交差する大横川を通過すると、真っ赤な鉄の扉が行く手に現れました。

今回のクルーズのハイライト「扇橋閘門」です。閘門とは高低差のある地域を船が行き来できるように作られた設備。二つの門に仕切られた閘室という空間で水位の上げ下げをして地盤の高い隅田川西側から地盤の低い荒川東側へと船を渡す、いわば「船のエレベーター」です。大西洋と太平洋を結ぶアメリカの「パナマ運河」と同じ構造で、それを日本の運河で体験できるという貴重な機会です。

川の中からザザーっと激しく水滴が滴る音と共に閘門が上がり、船が進み始めます。ガイドの渡部さんの「通過の際は傘をさしてくださいね」の指示があり、備え付けのビニール傘を全員一斉に開きます。「たいした水滴ではないだろう」とのんきに構えていた私ですが、門の直下は予想以上の雨模様。危うく大切なカメラたちを壊すところでした。人のアドバイスは素直に聞き入れることが吉、本日の教訓となりました。

幅11.6m、長さ110mの水位を調整する部屋・閘室に船が入り、門が閉まるとアナウンスとともに水位がぐんぐん下がります。最近は観光船や漁業船以外にもカヌーやカヤックなどのレクリエーション目的でこの閘門を利用する人もいるようで、この日もカヌーで閘門を通航している親子の姿がありました。

この扇橋閘門、今年の秋から改修工事が始まるため夏頃に閉鎖されるそう。その前に体験できてラッキーでした。

閘門の通航体験の後は折り返して日本橋へ戻る復路へ。隅田川に架かる青色のアーチ橋「永代橋」を抜けると、高層ビルが立ち並ぶ佃島リバーシティが正面に見えてきます。

まるでマンハッタンのような近代的な光景に、江戸時代にトリップしていた頭の中が急に現代に引き戻されたような感覚に。佃島のビル群がより一層新鮮に私の目に映りました。

90分があっという間に過ぎ、終着点の日本橋桟橋に到着です。大都会の真ん中にいながら、都会の喧騒から切り離された水上で心静かに東京を見つめることができました。

水路から見る東京の街。そこには江戸時代の面影と、船に乗ってこそ見られる穏やかな風景がありました。400年前の江戸の名残を見て、さらに400年後の日本橋はどのように変わっていくのだろうと未来へと思いを巡らせます。景色は変わっても東京を流れるこの水景は変わらずここで見守っていてくれたらいいな…忙しい毎日をつかの間忘れて、壮大な時を想う。そんな素敵な船旅でした。

日本橋発着 乗り合いクルーズ

料金/大人2900円、子ども1900円

※要事前予約。上記の価格は事前購入割引額

※実施日はホームページで確認を

※扇橋閘門は耐震補強工事が2017年10月から開始されます。これに伴い日本橋発着クルーズは2017年9月までの期間限定となります。

HP/http://www.zeal.ne.jp/plan/309.html

TEL/03-3454-0432

主催/株式会社ジール

編集・ライター

茨城県生まれ。旅行、スイーツ、下町大好き。きっちり計画立てるより、無計画でのサバイバル感に惹かれます。日焼けしやすく戻りにくい。最近始めたランニングによるくつ下焼けがほんのり自慢。

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