【scene 02 ― 初夏の東京ピクニック】ボートで漂う、水面からみる東京の空 「千鳥ヶ淵ボート場」

毎年、桜が散った頃に、はっとすることがあります。新緑の鮮やかさです。

普段は仕事でせかせかしていて、木々や葉っぱの様子をじっくり眺めるなんてほとんどないのに、この時期だけは周りが突然色鮮やかになり、ふと顔を上げてしまいます。そして、「うわっ…きれい!」とまだ生まれたばかりの初々しい緑に感動します。

東京メトロ半蔵門駅5番出口から、皇居方面に向かってゆるやかな坂道を登ると、千鳥ヶ淵があります。この場所は今まさに新緑真っ最中、桜で有名なスポットですがボートに乗れる気持ちの良い場所があると聞いて訪ねてみました。

皇居周辺のお堀に沿って伸びる「千鳥ヶ淵さんぽみち」には緑のトンネルができ、心地良い木陰に包まれています。ゆったりとした歩道では、ベビーカーを押すお母さんやランニングしている外国人、携帯で話しながら歩くサラリーマンなど、色々な人たちとすれ違います。

しばらく歩くと、ベンチや水道のあるちょっとした広場に出ました。ベンチに腰かけて休憩している赤ちゃん連れのお父さんや、水道で顔を洗っているタクシーの運転手さんがいます。気温も上がってきたので、とても気持ち良さそうです。

道なりに進むとチケット販売所へ到着。千代田区役所で千鳥ヶ淵を担当している藤ノ木さんと落ち合い、案内してもらいます。ボートは手漕ぎタイプと、足で漕ぐサイクルボートの2種類があり、私は手漕ぎタイプをチョイス。じっくり満喫したいので、1時間券を購入しました。

チケットを買った時間からボート乗船時間が始まるというので、早速ボート乗り場へ。スタッフの畑さんに船体を押さえてもらいながら、ボートの真ん中に腰かけ、両手にオールを持ちます。

畑さん:「オールは引くんじゃなくて、押すようにして漕いでください」

千鳥ヶ淵はもともと、江戸城の内堀の一部として造られたものだそう。お堀沿いに植えられた木のほとんどが桜で、毎年春には乗り場に行列ができ、花見客を乗せた90隻ものボートがお堀の中をめぐっているのだとか。

いまの季節の桜は、桜色とは違う、爽やかな緑色をまとっていました。空にはゆるやかに雲が流れ、色の濃い青空が頭上いっぱいに広がり、なんだか早くも夏が来たような陽気です。でも、体をすり抜けていく風は暑くも寒くもなく、本当に清々しい。

千鳥ヶ淵の隣には首都高があり、車がシュンっ、と走り抜ける音やトラックの揺れる音が遠くからかすかに聞こえてきます。ここは、首都高が走り、ビルに囲まれ、皇居に隣り合う、まさに東京のど真ん中。なのに、お堀の中と外では空気感がまるで違い、ボートの上には、ついお昼寝できそうなほどまったりとした時間が流れています。

水上からはお堀をぐるっと囲む緑の向こう側にビルがいくつか見えます。ボートに乗っていると水面に近くなり、視線が低くなっているからでしょうか、木々が普段より大きく感じます。場所によっては緑と青空しか見えなくなる時もあり、ボートに乗ったまま、どこか郊外の湖の上にでもやってきたような気分になります。

お堀の中はとても静かです。聞こえるのは、自分が漕いでいるボートのきしみや、オールが水を打つ音、鴨が羽ばたく時の水音です。

水上を漂っていると、お堀の中の静けさがいつも見過ごしてしまいがちなものに気付かせてくれるような気がしました。東京の喧騒が遠のくこの場所では、普段はほとんど意識することのない空の青さ、緑の輝き、風の心地良さに気持ちが向かいます。

はっと気付くと、船体がお堀内側の壁際まで近付いていました。どうやら首都高方面から吹いてきた南風に流されてしまったようです。さっきまで遠くから眺めていた木々が目の前に広がっています。本来なら「わ~、流されちゃった!」と思い、すぐに引き返すところ。

でも、木陰の中をすり抜けてきた風を感じ、あまりの気持ち良さにしばらくそこで深呼吸。土と葉っぱのにおいをじっくり堪能します。見上げると、日の光を受けて黄緑色に輝く新緑の葉が広がっていました。「鮮やか」という言葉では足りないくらい、みずみずしい緑色です。

ふと時計を見ると、チケットを買った時間からもう45分経っていました。自然を満喫していると、時間が経つのは本当にあっという間です。お堀のだいぶ奥まで来ていたので、風に流されないように強めに漕ぎ続け、ようやくボート乗り場に戻ってきました。

藤ノ木さん:「ここはどうしても桜のイメージが強いんですが、初夏の景色も本当に美しい。真夏は直射日光と水面の照り返しで暑くなってしまいますし、梅雨は雨で運行できないことが多い。ずっと船の上にいても気持ち良く過ごせるこの時期は、実はボートに乗るのはかなりおすすめのシーズンなんです」

帰り際に、藤ノ木さんに教えてもらった展望台にも立ち寄ってみました。ボート乗り場の管理棟の屋上にあるこの展望台は、営業時間中に一般開放しているそうで、ボート客でない人でも立ち寄れるスポットです。千鳥ヶ淵をパノラマで見渡すことができ、青空と緑のコントラストに思わず見入ってしまいます。

すると、視界の端で水面から何かがぱしゃっと跳ねたように見えました。音の方を見ると、そこに小さな水の波紋があるだけ。近くの案内板によると、お堀の中には鯉が放流されていて、大切に育てられているようです。あまりに心地良い陽気に、鯉も水から飛び出したくなったのでしょうか。

次は鯉が見られるといいな。

千鳥ヶ淵ボート場

東京都千代田区三番町2番地先

営業時間:11:00~17:30

※12/1~2/28は休業。営業時間は時期により変更有。

定休:月曜

TEL 03-3234-1948

https://www.city.chiyoda.lg.jp/shisetsu/koen/073.html

ライター

埼玉県生まれ、群馬県育ち、東京都在住の関東人。エジプト、トルコ、ギリシャ界隈の歴史が大好きな世界史系歴女。シャーマニズム、古今東西の墓文化、ハロウィーンなどミステリアスなものにも惹かれる。

この特集について

初夏の東京ピクニック

木々には緑が芽生え、時折吹くまだ冷たい風の中、暖かい日差しが温もりを運んでくれます。清々しい、心地よい季節が始まりました。 梅雨の前、束の間の贅沢。のどかな昼下がり、ふわふわした気分。若い緑の草っ原にごろんと寝ころぶ。ビールを飲んで、読みかけの文庫を開いて、雲を眺めて。遠くにヒコーキを追いかけて、異国の地に思いを馳せて。うとうと昼寝をしたい。あぁ、気持ち良いな。