【scene 01 ― 初夏の東京ピクニック】東京の秘水でコーヒーを淹れる 等々力渓谷-多摩川河川敷

子供の頃、遠足の日に外で食べたお弁当にちょっと感動した記憶があります。母が作ったおにぎりもお茶もいつもと同じはずなのに、公園や牧場など自然に囲まれた場所で味わったものはどれも格別においしく感じられたのです。あのおいしさは一体何だったのでしょう?

大人になった今、また外で何かを味わってみたら、どんな思いを抱くでしょう。気持ちの良い晴れた日に、またあの感動を体験したいと思い、初夏のピクニックにでかけました。

向かったのは東急電鉄大井町線の等々力駅。駅から徒歩数分の場所にある等々力渓谷に行くためです。今回のピクニックにはプロのバリスタも参加してくれることになり、とっておきの水を使ったコーヒーを飲もう! と都内随一の湧水スポットに行くことにしました。

上り線と下り線の線路に挟まれたコンパクトな等々力駅。改札を出てすぐの線路を、街の人が次々と行き交っていきます。

ホーム上にあるパン屋を覗き込む小平託さんを発見し声をかけます。小平さんはセルフドリップコーヒーの専門店「MINEDRIP COFFEE」の代表です。小平さんが覗き込んでいたパン屋「ハンスローゼン」は宮前平や九品仏などにも店舗がある、地元では有名なお店なのだそう。

小平さんは可愛らしいカウンターにずらりと並んだパンを楽しそうに眺め、ここでパンを買っていこう!と他のメンバーと一緒に早くも盛り上がっています。ちなみに、駅のホームにある店舗はここだけなのだとか!気になったパンをあれもこれもとオーダーします。

改札を出ると向山岳さん・芽衣さん夫妻とも合流。岳さんはブルーボトルコーヒーの元リードバリスタで、現在は自らのコーヒーブランド「みほし焙煎珈琲製造所」をプロデュースしながらMINEDRIP COFFEEに取締役として参画するなど、コーヒーを中心に様々な活動をされています。昨年末に結婚した、同じくコーヒー好きの奥様・芽衣さんと一緒です。全員が揃ったところで、等々力渓谷へと向かいます。

等々力渓谷は約1キロメートルに渡って伸びる、東京23区内唯一の渓谷です。「等々力渓谷入口」と書かれた階段を下っていくと、そこには清らかな川が流れ、川と並行して散策路があります。川が流れているせいか、木陰で日光が遮られているからか、川沿いの散策路は駅から歩いてきた道よりも体感温度がぐっと下がり、冷やりと心地良い空気が肌を包みます。

涼やかな川のせせらぎや木漏れ日が射しこみ輝く水面、木々の間を通り抜ける風の音、緑のにおい。とても東京都内とは思えない光景に驚きます。

散策路をしばらく歩くと湧水地に到着。この水は渓谷の上流で降った雨が地層の中を通り抜け、地下水となって湧き出てきているもの。地元の人もここで汲んだ水を使って米を研いだりコーヒーを淹れたりすることもあるのだとか。

早速持参したコップやボトルに水を汲み、みんなで飲んでみます。「コンビニの水よりも味わい深い」「水道水みたいなカルキ臭がない」など色々な感想が飛び交い、私も一口。森の中は冷んやりとしているのでキンキンの水を想像していましたが、冷たすぎず温すぎない、心地良い冷たさが口の中に広がりました。口当たりはとても優しく、なめらか。

「コーヒーは98パーセントが水なので、水がコーヒーに与える影響は大きいんですよ」と岳さん。こんなにまろやかな水を使って淹れるコーヒーはどれほどおいしいのだろう、と期待が高まります。

たっぷりと水を汲んだら、渓谷内をふらりと散策します。渓谷には水を汲んだ湧水地のほかにも湧き水を見られる場所がいくつかあり、蛇の頭から滝のように水が流れる不思議なスポットにも遭遇。神秘的な光景を前に、みんなで「本当に東京都内とは思えないですね」と頷き合います。

渓谷を昇る階段を上りきると、等々力不動尊が現れました。渓谷内には至るところに小さなお堂や祠が建てられていましたが、ここが本堂のようです。境内には見晴らしのよい舞台があり、眼下に広がる新緑の森を一望できました。鮮やかな森を前に、何度もゆっくりと深呼吸してみます。ここでコーヒーを飲むのもいいかもと思うほど、緑のにおいが本当に清々しい。

等々力不動尊の境内を抜けて多摩川へ。民家や町工場、穏やかな空気が流れる住宅街をしばらく歩くと道が開け、ゆったりと流れる多摩川に辿り着きました。新緑と青空が視界いっぱいに広がり、開放感あふれる景色にみんなのテンションが上がります。

川沿いの道を歩くと、風に乗ってきた土と緑のにおいを感じました。散歩をする人、犬と遊ぶ人、ジョギングする人など、川辺でのひと時を思い思いに過ごす人たちとすれ違います。その爽やかな空気感に気分が高まったのか、岳さんと芽衣さんが歩きながらフリスビーを始めました!

さらに歩くと多摩川緑地バーベキュー広場に到着。ピクニックシートを広げ、テーブルやチェアを並べます。少しずつ準備が進むごとにワクワクします。

等々力渓谷で汲んできた水を沸かしている間、岳さんが取り出したのは自身でプロデュースしたコーヒー豆「みほし」と手挽き用コーヒーミルです。

岳さん:「この豆はコスタリカ産で、ミルクチョコやナッツのような質感が特徴です。誰でも飲みやすい、甘いコーヒーなんですよ」

岳さんが豆について説明しながら、ミルでガリガリと挽いていきます。軽々と回しているように見えましたが、試しに挽いてみるとハンドルの予想外の固さと重さにびっくり。

岳さん:「結構固いでしょ? 浅煎りの豆ほど挽く時に固いんですよ」

ミルを三角錐型のドリッパーに向けて傾けると、すっかり細かく挽かれたコーヒー粉が現れました。挽いた直後の香ばしい香りが風に乗って運ばれ、辺りに漂います。

お湯が沸いていよいよドリップタイムです。

岳さん:「注ぐ回数は豆の種類などによって違うんですが、今回は豆を25グラム使うので、4回くらいに分けてお湯を350グラム入れていきます」

湯量を計りながら、コーヒー粉が踊らないよう少しずつドリップしていきます。お湯がコーヒー粉をじゅわ~っと通り抜ける工程を何回か繰り返し、お湯が抜け切るのを待つと「みほし」コーヒーが完成です。

「みほし」は酸味が強くフルーティで、爽やかな味わいでした。普段はコーヒーに砂糖が必須の私でも、飲み終えてから「そういえば砂糖入れてなかった!」と気付くほど、味わい深い一杯でした。

等々力駅で買ったパンを芽衣さんが焼き始めた頃、小平さんにハンドドリップを教えていただけることに。今度はMINEDRIP COFFEEで取り扱っている10ロースターの一つ、「さかい珈琲」の焙煎したエチオピアの豆を使います。

小平さん:「今回は豆を17グラム使うので、まずは倍の34グラムまでお湯を注いでみてください」

小平さんの合図で「の」の字を描くようにお湯を注ぎ、目標の湯量に達したらストップする工程を繰り返します。先ほどは岳さんが軽やかな手つきでドリップするのを見ていましたが、実際にやってみるとドリッパーにお湯がかかってしまったり、目標の湯量を一気に超えてしまったりと、細い注ぎ口から出るお湯を手元で調節するのはなかなか難しい。

小平さん:「最初は難しいですが、2、3回くらいやるとだんだん慣れてきますよ」

小平さんの言う通り、回数を重ねるごとに集中力が増します。

小平さん:「ドリップしている時って雑念がなくなるんです。忙しい日々の中でも、こういう時間を大切にしてほしいと思いますね」

慣れない作業だったので、ドリッパーに残ったコーヒー粉はふぞろいだったけれど、自分でじっくりとドリップしたコーヒーは一口一口丁寧に飲みたくなるほど、大切なものに思えました。その特別感がコーヒーの味わいをさらに引き立てているように感じます。

岳さんや小平さんが淹れてくれたコーヒーを片手に、実は時々お酒も飲みながら、みんなでテーブルを囲んでパンやウィンナーを頬張ります。雲がほとんどない透き通った青空が頭上いっぱいに広がり、冷たくも暑くもないちょうど良い風が通り抜けていきます。

三宅編集長:「どうして外で食べたり飲んだりするとこんなにおいしいんでしょうね?」

ゆったりと時間を過ごす中、ふとこんな話題が出て、岳さんがさらりとヒントをくれました。

岳さん:「コーヒーの味は自分の体調次第で変わるんですよ。外でこうして気持ち良く過ごしていると、味にも影響があるのかも知れませんね」

爽やかな風に吹かれること、青空や緑に囲まれること、その場の楽しさを共有できる人がいること。この心地良さがきっと、遠足の日にお弁当の味を変えた、外で何かを味わうことの魅力なのです。外で飲むコーヒーには、手間をかけて作った特別感に加えて、こんな心地良さもブレンドされているのかも知れません。

Hans Rosen等々力店

東京都世田谷区等々力3-1-1 等々力駅

営業時間 月-金 8:00-11:00、16:00-19:00、土 9:00-12:00

TEL 080-7753-3266

定休 土曜午後、日曜、祝日

等々力渓谷

東京都世田谷区等々力1-22、2-37~38

TEL 03-3704-4972(玉川公園管理事務所)

営業時間 通年

定休日 無休

多摩川緑地バーベキュー広場

神奈川県川崎市高津区瀬田先

営業時間 9:00-18:00まで(4-9月、新規受付は15:00まで)

TEL 0120-256-889

定休日 毎月第3金曜

ライター

埼玉県生まれ、群馬県育ち、東京都在住の関東人。エジプト、トルコ、ギリシャ界隈の歴史が大好きな世界史系歴女。シャーマニズム、古今東西の墓文化、ハロウィーンなどミステリアスなものにも惹かれる。

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この特集について

初夏の東京ピクニック

木々には緑が芽生え、時折吹くまだ冷たい風の中、暖かい日差しが温もりを運んでくれます。清々しい、心地よい季節が始まりました。 梅雨の前、束の間の贅沢。のどかな昼下がり、ふわふわした気分。若い緑の草っ原にごろんと寝ころぶ。ビールを飲んで、読みかけの文庫を開いて、雲を眺めて。遠くにヒコーキを追いかけて、異国の地に思いを馳せて。うとうと昼寝をしたい。あぁ、気持ち良いな。

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