レンガ色のシャンソン喫茶「ラドリオ」に響く、変わらないハーモニー

本離れといわれるいまも、神保町には今も変わらず書店巡りを楽しむ人がたくさんいます。読書家たちのお供はコーヒー。気軽にテイクアウトができる流行りのカフェではなく、ゆっくり時の流れを本とともに楽しむ「喫茶店」が神保町の路地にはあります。

地下鉄神保町A7出口から出ると、ボリューム満点のナポリタンで有名な老舗喫茶「さぼうる」がすぐ横に現れます。路地を奥へ進むと店内の壁画が個性的な喫茶店「古瀬戸」が左手に。道路を隔てたさらに細い路地へ入り込むと、「ラドリオ」の看板が。近くには、タンゴの世界を堪能できる喫茶店「ミロンガ・ヌオーバ」もあります。

神保町最古の喫茶店といわれる「ラドリオ」は、昭和24年から営業開始した老舗喫茶店。シャンソン喫茶として栄え、作家や文化人と歩んできた歴史がある場所です。色々な文豪が静かに執筆した空気感が今も漂っています。

実は私も以前この近くで働いていて、会社帰りに来たことがある思い出の場所。仕事を早く切り上げて喫茶店めぐりをしていました。中でも「ラドリオ」はシャンソンの調べとともに、強く印象に残っている場所です。

ラドリオという店名は、スペイン語でレンガという意味。外装も内装もレンガが使われ、渋い赤茶色が特徴です。少し重い木の扉を開くと、時代が遡ったような空間にフランス語の大衆歌、シャンソンが流れます。赤い椅子が並び温かみを感じるレトロな雰囲気の店内。

開店当時のレンガが残るカウンターは特等席。夕方から始まるバータイムには、古くからの常連さんが店員さんやお客さんとの対話を楽しむ場に。カウンターから見える棚には常連さんの名前が書かれたウイスキーボトルがずらりと棚を飾っています。

今回は、看板メニューの「ウィンナーコーヒー」をいただきながら、店長の池本奈美さんのお話を聞きました。程よい硬さで絶妙な甘さの生クリームは、コーヒーが見えないほど山盛。少したって、コーヒーに溶けるとまろやかな味に。コーヒーはブラック派の私も「おいしいですね」と自然に微笑んでしまいます。

テーブルをはさんで、池本さんは、初めて会ったのに自然と緊張がほどけるような、ゆったりとした雰囲気をまとった女性です。ラドリオで仕事を始めたきっかけは大学時代の友達に、バイト募集の貼り紙があるよと教えてもらったことだとか。

池本さん:「仕事をしていない時期があり、そろそろ働こうと思ってアルバイトとして入りました」

前任者がいなくなり、昇格する形で店長になったと淡々と語ります。老舗喫茶店を続けていくうえで、大変なのが老朽化の進む建物や内装の保守。店内は、20年ほど前に新しい柱を何本か加えたというほど、しっかりメンテナンスをされています。しかし、一つメンテナンスが終わると、またメンテナンスが必要な個所が生まれるそうです。

ハイテク時代の流れの中で、電灯一つをとっても、内装のイメージを変えないように保守するのは大変です。また、東日本大震災の際に表のレンガが落ちてしまったのを、拾って張り合わせた部分もあるというエピソードも。創業当時の古いレンガは、今では手に入らない貴重なものになっています。店名にも象徴される、渋いレンガ色のこの雰囲気は、人の手をかけて残されているのですね。

ラドリオは現在、日祝の定休日をなくしています。日曜休みの古書店や喫茶店が多い中、休みの日もランチ営業しているお店があるのはうれしいこと。池本さんにとって、今ではラドリオで過ごす時間が日常と一体となっているように感じます。

おすすめは、ナポリタン。ラドリオのナポリタンはケチャップの懐かしい味付けに黒コショウが効いていてスパイシー。粉チーズでまろやかさをプラスしてもよし、タバスコをかけてより刺激的にしてもよしの人気メニューです。

池本さんはいつも休憩時間に食べるほどお気に入りだそう。休みなく営業する原動力は、癖になるナポリタンなんですね。

また、2017年4月で第70号となる、月刊「ラドリオかわら版」がカウンター脇に置かれています。池本さんやほかのスタッフとお客さんのコミュニケーションツールになっています。特に、池本さんが担当する「ラドリオ繁盛記」のコーナーは、子どものころに見かけた料理の本のような手書き文字。友達に話しかけるような文章には、暖かさが溢れています。

「ラドリオかわら版」の裏面にはイラストレーターの得地直美さんの線画のイラストが。得地さんは、池本さんの友人だそう。伺ったときは、店内にも得地さんのイラストが額に入って飾られ、カフェ兼ギャラリースペースとなっていました。今の神保町を描いた手書きの原画は、店内の雰囲気ともベストマッチ。

イベントの際も、お店の雰囲気に合った企画を選ぶよう勉強中、とおっしゃる池本さん。お店のメンテナンス同様、時代に合わせて手を加えていく部分のバランスを工夫している様子が伝わります。

常連さんとの会話も池本さんの楽しみの一つ。長年ラドリオに通う常連さんたちから創業当時の思い出話や初代店長だった「あいこさん」の話がたっぷり聞けるそうです。初代店長の思いと店のあり方をお客さんに伝えられ、創業当時も現在も人の輪を大切にしている様子がうかがえました。

また、一人になりたいときにぴったりの特等席も店の奥に見つけました。一人掛けのソファは窓側を向いていて、かわいらしいスタンドライトがほんのり照らしてくれています。

構われたいときも構われたくない時も、居場所になってくれる喫茶店があると便利だろうな。光あふれるスタイリッシュなカフェもいいですが、昼でも夜でもほの暗いのが落ち着いくという人はラドリオに向いているかもしれません。

店内には禁煙席がなく、若い女性に敬遠されることもあるそうですが、美しい飴色の喫茶店のレトロな世界観は入ってみないと味わえません。

20代の頃、そんな大人の空間にちょっと気後れも感じた憧れの場所。今ではポワンとしたオレンジ色の明かりが昼も夜も照らしてくれる、タイムレスな空間を心地よく感じます。目まぐるしい毎日に、変わらない場所があるのは心強いこと。だから私はこの場所が気に入っています。

池本さん:「これからもラドリオができるだけ変わらないように続けられたらいいな」

神保町に来たら、シャンソン喫茶「ラドリオ」の扉を一度開いてみませんか。入口にあるいくつもの鉢植えが日々手入れされて大切にされていることを物語っています。

神保町ラドリオ

神田神保町1-3

アクセス 東京メトロ神保町駅A7出口 徒歩5分

TEL 03-3295-4788

営業時間 平日 11:30-22:30(L.O.20:00)/土日 12:00-19:00(L.O.18:30)

http://go-jimbou.info/shoku/cafe/cafe002_radorio.html

ライター

東京都生まれ。休日は近場の町探検へでかけます。気になった喫茶店にふらっと入り一息つくのが至福の時。出かけた先でお土産におやつを買うのが楽しみ。

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