【scene 06-旅する東京ライフ】宿ではない、町に泊まる感覚 「HAGISO」-「斉藤湯」

(こちらの記事は、2017年4月27日に公開した記事を2019年3月29日に更新いたしました)

下町、谷中に溶けこむ「HIGASO」と「hanare」

谷中の商店街・谷中銀座を歩く度、あちらこちらで茶色い誘惑が私を引き寄せます。お肉屋さんのメンチカツに定食屋さんの味噌おでん、いか焼き屋さんのいかせん。ビール好きにはたまらない食べ歩きスポット満載のこの町は私のお気に入りです。

“次に住むなら寄り道しがいのあるこんな下町がいいな”そんなことを考えながら、御殿坂と谷中銀座の間にある階段「夕焼けだんだん」手前の路地を左に入ります。人気のかき氷屋さん「ひみつ堂」を過ぎて、谷中銀座の賑わいが遠くに聞こえる辺りまで進んだ頃、右手に見える宗林寺の門。その隣にある黒壁2階建ての建物が「HAGISO」です。そしてここが運営するちょっと変わったホテル「hanare」が本日のお宿です。

1955年築の木造アパートをリノベーションし、2013年にオープンした「HAGISO」の2階にホテルのレセプションがあります。入り口を入ってすぐ目をひいたのが階段横に飾られている白地の板に黒文字で書かれた「萩荘」の文字と住所でした。ところどころ汚れていて時間の経過を感じさせるその風貌に、当時のアパートの看板だったのだろうとすぐに想像できました。

「ただいま」といいたくなる安心感

2階へ上がるとたくさんの引き出しがついたアンティーク調の棚の後ろから、「いらっしゃいませ」とホテルレセプションの女性がひょっこり現れました。予約名を伝えるとウェルカムドリンクの日本茶とクッキーを出してくれ、それを頂きながらほっと一息。

谷中のホテル「hanare」のレセプションは「HAGISO」の2階

宿泊棟は「HAGISO」から歩いて1分のところにあります。民家の中に溶け込むように、「HAGISO」と同じ黒壁の建物が現れました。無地の淡い緑色ののれんと木の引き戸の玄関は主張のない静かな佇まい。玄関を開けて中に入ると木と畳の香りが、まるでおばあちゃんの家に帰ってきたかのような安心感を与えてくれます。

この建物も空き家だった築50年のアパートを「HAGISO」の宿泊施設「hanare」としてリノベーションしたもの。改築前に使われていたものを再利用したという木の下駄箱や柱には、あちこちにシミや傷が見られ当時の面影を残しています。

暮らすように「町に泊まる」を体感

「hanare」のコンセプトは「The whole town can be your hotel.(町全体がホテル)」。カフェもシャワー設備も施設内にありますが、「食事をするなら」「お風呂に入るなら」とレセプションの有澤京花さんが案内するのは近隣の飲食店や銭湯でした。

オリジナルマップを片手にまるでホテル内の施設を説明するかのように「女性一人で入りやすいのはこのお店です、魚料理はここがオススメ、軽めに飲むならこのビアパブはいかがでしょう」と次から次へとテンポよく谷中の町を紹介してくれます。本当に住んでいるように町を楽しめそう。

そして最後に「お風呂に行くなら今日は斉藤湯さんでバンペイユの特別湯をやっていますよ」と教えてくれました。

「バンペイユノトクベツユ?」なんだか魔法の呪文のようなそのフレーズに好奇心を刺激された私。宿の近くで夕食を済ませ、チェックイン時にもらった「入湯チケット」を片手にいざ、斉藤湯へ。

ホテルの大浴場は、地域に愛される町の銭湯

斉藤湯は「HAGISO」から徒歩15分程度の日暮里駅東口の路地裏にあります。私は4年程前、銭湯めぐりにはまっていた時期があり、背中流しサービスの「三助さん」がいた最後の銭湯として有名だった斉藤湯にも足を運んだことがあります。

のれんをくぐると、当時の記憶とは違う内観に驚きました。どうやらリニューアルした様子。以前はロビーの真ん中に番台があって、毎日同じ時間に通っている風のおじいちゃんおばあちゃんの姿を多く見かけたけれど、今日の斉藤湯には番台はなくフローリングのロビーに設けられた休憩スペースでくつろぐ人たちで賑わっています。

お年寄りだけでなく、部活帰りに立ち寄ったらしい中高生の男子グループや20~30代の女性、お子さん連れの家族など幅広い年齢層のお客さんが脱衣所へと入っていきます。

浴室に入ると浴槽には大きくて丸くて黄色い物体がぷかぷか浮かんでいました。グレープフルーツをそのまま巨大化させたような柑橘系の果実、バンペイユ。掛け湯をして湯船へ入り、周りを見ると一人一個、子どもの頭ほどの大きなバンペイユを抱っこして目を閉じていたりぼんやり宙を見ていたりしながらくつろいでいます。

なんともシュールなその光景に私も魅惑の黄色い果物に触れてみたくなりますが、残念ながらフリーのバンペイユが見当たりません。すると常連らしきおばあちゃんが、隣の浴槽で暇をしていたバンペイユを無言で2、3個ぽいっと私の浴槽に投げ入れてくれました。

一つ両手に抱えてみると、甘酸っぱい爽やかな香りと心地よい浮力を感じます。次回手にする機会があればその果肉を味わってみたい、と味を想像しつつ寝湯に露天風呂にジェットバスにとスーパー銭湯並みに種類豊富なお風呂を堪能しました。

ふと壁の温度計に目をやると、湯温は39度。以前、斉藤湯に来た時は「これぞ銭湯」と言いたくなる熱めのお湯で5分もつかればのぼせそうになっていたけれど、今の斉藤湯はぬるめのお湯と43度の熱めのお湯をわけている様子。これなら熱いお湯に慣れていない女性や子どもも利用しやすいに違いありません。

帰り際、受付にいた女性に「改装したんですね」と話しかけると、「ちょうど2年前にね。きれいになったでしょ。お子さん連れの若いお客さんも増えたんですよ」と嬉しそうに話してくれました。

昔ながらの銭湯のスタイルが変わってしまうのは、生まれ育った実家を改築するかのような寂しさがあるけれど、変わってもなお、地域に受け入れられ愛される姿に「現代の町の風呂屋」としての在り方を見た気がします。

「hanare」の部屋に戻り布団にごろりと横になって、「HAGISO」のスタッフ自ら塗ったという白い壁や改築前のものを再利用して使っているという窓ガラスの昭和レトロな模様を眺めながら有澤さんが話していたことを思い返しました。

谷中のホテル「hanare」の部屋内でくつろぐ女性

学生たちの集い場から生まれ変わった「萩荘」

「HAGISO」の前身である木造アパート「萩荘」は、東京藝術大学の学生たちの共同住宅兼アトリエとして利用され、藝大の学生たちが自由に出入りする若くてやんちゃなたまり場だったそうです。

震災後、老朽化による解体が決まったとき、元住人たちが「建物のお葬式」をしたいと大家さんに申し出て、萩荘のお別れセレモニー「ハギエンナーレ」を開催。主催者側も驚くほどの来客に、たくさんの人に親しまれていた萩荘の価値を改めて知る結果となりました。最終的には解体を決意していた大家さんの気持ちさえ動かし、存続の道につながったそうです。

萩荘を愛する人たちによって新たな命を吹き込まれた「HAGISO」は今、谷中を愛する人がスタッフとして集い、アートギャラリーやワークショップを開催するイベントスペースなどの街の文化施設として、コーヒータイムを楽しむカフェとして、「町に泊まる」を体感できる宿泊施設として、様々な表情を見せながら生き生きと活躍しています。

しかしその美しい再生ストーリーの一方で、ニューアルオープン当初は地域との温度差を感じることもあったそう。「日本の古き良き下町文化」を体感できるスポットとして、メディアに取り上げられるようになり、遠方からの観光客や外国人のお客さんで賑わうようになった谷中の町。

オープンしたばかりの「HAGISO」もまた、地元の人にとっては観光客のための施設という意識が強く、ご近所さんが遊びにくることはなかったと話す有澤さん。

そこで近隣の人も立ち寄りやすいようにと、カフェでの朝食営業を始めたところ朝の散歩がてらコーヒーを飲みに来てくれる人や、通勤前に朝ごはんを食べに立ち寄ってくれる人が増え、今では地元の人もスタッフとして働くようになったそうです。

ここから何を発信するかではなく、ここに来る人に何を提供できるかを考えるその姿勢が、お湯の温度を変え、浴槽設備を充実させることで客層の幅を広げた斉藤湯と重なるものがありました。

「新しい施設として一歩一歩、谷中の色に染まっていきたい。町に何かを還元していきたい」。そう話す有澤さんの言葉は、存続のチャンスをもらった木造アパートの気持ちを代弁しているかのように聞こえました。

かつての藝大生が自由に出入りしていた萩荘は、その学生たちの手によって生まれ変わり、谷中に住む人と訪れる人が自由に出入りできる憩いの場として存在しています。人と町とのつながりによって紡がれる木造アパートの物語。
次の展開が楽しみです。

楽しみといえば、宿泊者は無料で食べられる「HAGISO」カフェでの朝ごはん、何が出てくるかな。翌日の朝食と明日の旅に期待を寄せながら、いつの間にか心地よい眠りの中に落ちていったのでした。すやすやと夢の中へ。

HAGISO

東京都台東区谷中3-10-25

TEL 03-5832-9808

営業時間・定休日 8:00-10:30 (モーニング営業)、12:00 -21:00

※臨時休業あり

hanare

東京都台東区谷中3-10-25 HAGISO

TEL 03-5834-7301

 

斉藤湯

東京都荒川区東日暮里6-59-2

TEL 03-3801-4022

営業時間・定休日 14:00-23:30(最終入場23:00)・金

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この特集について

旅する東京ライフ

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